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マメルリハインコと動物嫌いな私の地獄の留守番~the Final day

動物嫌いだがやむを得ずマメルリハインコと同居しているだけの私が、マメルリハの世話をしている母が入院したため、1週間その世話をしなければならなくなった。そんな私と私に世話されるマメルリハ・シャルの留守番最終日になった。

1週間だけとは言え、長かった・・・・世話をしたくないのにシャルの世話をしなければならず、しかも寒い時期にシャルの命を守らなくてはならないプレッシャー・・・・辛かったが、ついに母が退院する日になった。

そんな私に世話されていたシャルは、初日こそ母不在の非日常に文句を言ったものの、翌日には状況を的確に判断し、普段と違う不自由な生活に不平を言わず、態度にも出さず頑張っていた。

母の退院は当日の午前中だった。朝にシャルの鳥籠の水と餌換えをしながら私はシャルに「今日お母さんが帰って来るよ。もう少しだよ。」と自分にも言い聞かせるように伝えた。

私がこの後仕事に行く雰囲気ではないことを悟ったシャルは、外の天気が良いこともあって、そわそわと窓辺の方をチラチラ見て「窓辺に行く!」と態度で主張した。

この日まで留守番中のシャルは、天気が良くて窓辺に行きたくても、私が外出する様子だとあきらめていた。夜になると窓辺は寒くなってしまい、私が帰るのはいつも夜だからだ。

でも、この日は「絶対に行く!」と主張していた。なぜか私の様子から夜まで帰らないわけではないと察したらしい。実際、1時間程度で母を迎えに行って帰って来る予定だった。

母を迎えに行って帰って来ると、ドアの向こうからシャルの呼び鳴きが聞こえた。母に対して初めて言った「お帰り」だった。

プライドが高くツンデレ傾向のあるシャルでも、さすがに母が恋しかったようだ。でも、鳥籠から出されて母に話しかけてもらっても、可愛げのある態度を素直にはとらない。鳥用アスレチックへ行き、この1週間私には言ってももらえないと思っていた餌を母にねだっていた。

好物の自力で割れない白い種子状の餌を母に割らせていた。私もやればできると思うが、シャルにそれを知られると頼まれるようになりかねないため、過去一度も私は割ってやっていない。ひどいと母にはよく言われる。

その後、鳥用アスレチックで餌を食べ終わったシャルは、入院中の事について私とおしゃべりしていた母の肩に飛んで来た。そこで長いこと目を閉じてくちばしでギョリギョリと音を立てていた。リラックスしている時のしぐさた。母が戻って来たこと、日常が戻ってきたことをかみしめていたのかも。

母が帰って来たことで、私は急にどっと疲れを感じていたが、シャルのように鳥の世話をしなくていい日常をかみしめている場合ではなかった。その後遅刻して仕事に行ったのだった。

こうして私とシャルの留守番生活が終了した。
もっとも、これまで書いてきた一連の話が、言うほど地獄を感じられないかもしれないとは思う。

シャルにとって辛いのは、私すらもいない一羽ぼっち状態だし、私にはシャルの世話そのものなので、小鳥を飼っている人ならば当たり前の日々の作業をイヤだーイヤだーーーーー!!!と言っているに過ぎないからだ。

ただ、地獄のような展開の話ではないが、孤独と言う地獄の中でマメルリハインコのシャルがどんな様子でいたか私は知り得ないだけであり、動物嫌いが鳥の世話をする苦痛は、共感が得られにくいのも承知している。

でもとにかく辛かった。
嫌いな鳥の世話をして健康を維持させ命を守るプレッシャーもあった。
母が入院手術でもっと大変だったのはわかっているけど辛かった。
シャルも孤独で辛かった。
でもマメルリハインコでもちゃんと我慢もした。

地獄だったとせめて文字で叫ぶことは
許してほしい。
そうよね?シャル?

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