彼女は弱気なナルシスト
「私はナルシストです…!」
私を含む10代20代の男女20人ほどの前に立ち、伏し目がちにその子は言った。
一瞬私の頭は混乱した。まさか自己紹介で初っ端からそんなことを言う人がいるとは思わなかったからだ。
このときはまだ、ナルシスト=自分大好き人間=イタイ人 という浅はかな考えの持ち主だったので、少し引いた。いやだいぶ引いた。
周りを見渡すと、その空気感からみんなも少しサァーッと引いているように見えた。
当時の私は自分に自信が無さすぎて、でもそれを悟られたくなくて必死に隠したり自暴自棄になることもあって、人前で自分のことが好きだと言える彼女がとてもうらやましく思えた。
と同時に、どうして自分を好きでいられるのか聞いてみたくなった。コツなどがあるなら教えてほしいと思った。
イベント後の、打ち上げと言う名のただの飲みたがりの会で、私は少し離れた席に座る彼女に酔いの勢いに任せて話しかけた。
「ナルシストってすごいね!」
すると彼女はこう答えた。
「そうですか?私、自分に自信がなさすぎて。」
思ってもない返答に、私の小さな目も少し大きくなる。
「え、でも自分のこと好きなんでしょ?」
「逆です。自分が嫌いなんです、自信がないんです。自信が無さすぎて人からどう思われてるかとか、自分のことばっかり考えちゃうから、きっと私ってナルシストなんだろうなって思って。」
彼女が、言葉では「ナルシストです」と言いながらモジモジと節目がちだったのも、これでようやく合点がいった。
辞書で引くと、ナルシストとは「自己愛が強い人」とあるし、類語は「自信家」「自分大好き」「自意識過剰」と並び、私もそういった認識でいたし世間的にもそう変わりないと思う。
彼女の考える「ナルシスト」を聞いてから、私の中で何かが音を立てて崩れる感覚があった。
その考えでいくと、私も相当なナルシストということになる。
当時は前髪が命だった。
自転車に乗る際に、一生懸命セットした前髪が風に吹かれてオールバックになることが絶対に許せなくて、しかもそれを人に見られるなんて耐えられなくて、いつも片手で前髪を押さえながら運転していた。
もちろん誰も見ていない。
それくらいいろんな場面で、今人からどう思われてるのか?が頭の中の半分ほどを占めていたし、人と会ったあとやほんの少しの会話のあとでさえ、心の中でいつだって一人反省会をするほどの極度の内省型だった。
私は、人との共通点を見つけたときと同じくらい、新しい考えや初めての学びに出会えることに、とてもよろこびを感じるタイプだ。
若さに任せてオールで盛り上がったその日の朝までは、アハ体験のような世紀の大発見のような、なんだかすごいことに気づいてしまったような変な高揚感が続いた。
しかしその後、
始発でヨレヨレになりながらなんとか帰宅し、二日酔いも一通り堪能し終えたところで、ふと冷静さを取り戻したところからの数年間。自分の負のナルシストぶりも自己否定の一つの要因として堂々の仲間入りしたのだから、なんとも皮肉な話である。
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