短編『オリバさんの庭』
ショッピングモールの角にある小さなレストランは祖母の友人であるオリバさんのお店で
3人しか並べないほどの小さなキッチンがある
他の店の外観はショッピングモールにふさわしいものばかりだったのにそのレストランだけは、そこに似合わず森の奥にひっそりとありそうなもので、何度行っても心が躍った
小さな頃からよく祖母に連れられて来ていて、
足を運ぶたびに壁にはった蔦や植木が成長した姿をみれる事も楽しみにしていた
大きなガラス張りの窓から差し込む日は
オリバさんの店をいつも明るく輝かせていた
草花の成長と反対に、古くなったこの建物からは次々と様々な店が退いて行ってしまい、わずかに残った店もいよいよ閉店セールをしていた
フードコートに残っているのはオリバさんのお店だけだった
オリバさんはいつもシンプルなリネン生地のエプロンを付け、目の前の温かい鉄板の上でサンドイッチやオムレツを作り、良く手入れされた鍋やフライパンでスープやパスタ、オムライスなどを作った
小さなお店だが、はじからはじまで上手に調味料や材料や小道具が並べられ、花瓶の花はいつも可愛らしく咲いていた
私が友人と足を運んだ時には先客がふたりいて、オリバさんは炒めたベーコンとほうれん草に卵を割っているところだった
鉄板のすみで焼かれていた厚めのパンに、焼き上がった具だくさんの卵が乗り、パタンと畳まれると胡麻の入った可愛いバンズが現れた
2種類のチーズが削りかけられると先客達は一層目を輝かせた
豪快に真ん中をザクっと切ると白のグラシン紙に手際良く包み、それを茶色の紙袋にやさしくいれ、その上には透明なカップに入れられたトマトやブロッコリースプラウトや穀類が入ったサラダと木でできたフォークが乗った
スープは別のカップによそわれ、それぞれに手渡され、二人は紙袋とそれを持ってとても嬉しそうに去って行った
わたしたちも沢山のメニューから頼もうと悩んでいると、口数の少ないオリバさんが
「今日は…」
と申し訳なさそうに言った
それは十分な材料が入っていない事を指していた
どうやらさっきまでのお客さんでいいところ食材が出てしまったらしい
オリバさんの作るものなら美味しいと決まっているので正直残り物で作れるもの、何でもよかった
けれどそれを聞いた友人が、せいぜい3人並べる程のその店の中にごいっと入り厚い食パンを焼き始めた
オリバさんも何も気にしていない様子だったが、わたしは驚いてしまい目を丸くした
話を聞くと、なんとオリバさんとは近しい中らしく、そう言われたら少し目鼻立ちが似ている気がする
確かに特に垂れた目がそっくりだった
友人の料理は結構豪快で
鉄板に卵を一個割ると薄く伸ばし、ロールアイスのように卵を巻いた
少し残っていたベーコンをみじん切りにしてカリカリに焼く
鉄板で温まったパンにバターを塗り、それが溶けると塩胡椒とガーリックパウダーをふりかけた
小さな絵と英語の書かれたシンプルな白いお皿に
・カリカリベーコン乗せサラダ
・エッグガーリックトースト
を盛り付け、マグカップに
・ポタージュスープ
を注いでくれた
友人が作ったそのトーストはわたしの想像よりも遥かに美味しかった
カリッとしたパンにバターがじんわりと溶けていて、とろとろの部分があり、塩胡椒とガーリックパウダー、いい意味でスナックのような卵との相性が何とも最高だった
昔にオリバさんから教えてもらった秘密のメニューらしい
そんなトーストを食べる事ができて光栄だった
この大きな建物はもうすぐ廃墟になる
オリバさんもこのお店を閉めなければいけなかった
寂しい気もするけれど
オリバさんのレストランは来月から
彼女の家の庭でリニューアルオープンする予定とのこと
後で聞いた話だが
あのトーストはわたしの祖母とオリバさんが幼い日、ごっこ遊びをしていた時に思い付いたものらしい
車椅子で不自由な祖母の夢を継いでオリバさんが開いてくれたそのレストランで、私は今パンを焼いている
オリバさんの庭
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