2022年の働き方~すべての従業員を幸せにする人事変革~ ③HRテクノロジーのトレンド(後編)
1.まえがき
タイトルのとおり、「人事変革」は人事部門に閉じたものでもなく、すべての従業員の働き方、その人生すべてに大きな影響を及ぼす非常に重要な取り組みである、という思いを込めて最新トレンドやホットな情報をお届けしたい。逆に、「働き方改革」は決して従業員側の自助努力のみではなしえず、人事部門あるいはもっと上のレベルの経営層がリードして具体的かつ効果的な施策を打ち出していかないことには達成できない。
その施策のひとつとして、HRテクノロジーの導入は欠かせないであろう。今回は、2019年10月1日から4日にかけてラスベガスで開催された「HR Technology Conference & Exposition」の視察内容から、最新のトレンドをダイジェスト版でお届けする。
2.最大のバズワード
HR Technology Conference & Expositionは、ヒューマンキャピタルとテクノロジーにフォーカスを当てた世界最大のイベントであり、今年の10月で23回目を迎えようとしている。毎年1万人近くの来場者を集め、各人事ソリューションベンダーのみならず、最前線の各業界エキスパートやエグゼクティブ、メジャーな人事コンサルファーム、新進気鋭の人事コンサルファームで活躍するオピニオンリーダー達も多く参加している。
中でも最も注目を集めたセッションは、やはり今年もJosh Bersinによる基調講演であった。講演の冒頭で「最大のトレンドは何か」という話がされ、「従業員体験(Employee Experience)」というワードが紹介された。4年連続で参加している筆者からすると「またか」という思いもあった。しかしながら、これまでと大きく異なるのは「イベント全体の統一感」である。すべてのセッションの内容、Expo会場での展示内容が、驚くほどきれいに「従業員体験」という言葉でまとめられ、その実現に向けての具体的な取り組み事例や製品・ソリューションの紹介がなされていたのが非常に印象的だった。「ああ、今度こそ本当にこちらに向かって舵が切られたのだな」と確信した。
「従業員体験が良い状態」とは、日々の仕事をしていく中で「この環境は心地よい」と思えたり、実際にパフォーマンスを発揮しやすい状態にあることである。以下では、このような従業員体験の向上に寄与することを目的としてどのようなソリューションや考え方がトレンドになっているのか、カテゴリ別に紹介していく。
3.Core HR(従業員基本情報、給与管理等)とタレントマネジメント
SAP、オラクル、ワークデイといった既存の巨大ベンダーが、特定機能に強みを持った新興ベンダーからの追い上げを受けて苦しんでいる。また、サービスナウ、セールスフォース、アマゾンのような、これまでは必ずしもHRソリューションベンダーとはみなされてこなかったメジャーベンダーも続々と参入し続けている。もちろん既存ベンダーたちも、新たな機能を追加する、「従業員体験」にフォーカスする、など努力を重ねているのも事実である。しかしながら、それ以上に新たに対応しなければならない領域が急増しており、現実的にはすべてには対応しきれないという状況にある。
新たな領域の例は次のとおりである。
① 新型のラーニングプラットフォーム(LXPと呼ばれる。詳細は後述。)
② リアルタイムフィードバック
③ パルスサーベイ
④ AIが組み込まれた採用管理(マッチングシステム)
⑤ ウェルネス、フィットネスアプリ
⑥ ダイバーシティ&インクルージョン対応
⑦ チーム管理
⑧ キャリアビルダー、キャリアマネジメント
⑨ SlackやG-Suiteとの統合
上記のうち①から③はすでにその領域に特化したベンダーが国内にも存在している。また、①や④はそれなりに高度な開発力や技術力が求められる。⑤から⑦はこれまではHRテクノロジー領域とはそれほどみなされてこなかった分野である。⑧と⑨は人事部門や管理者視点ではなく従業員、エンドユーザ側に立ったニーズである。どれほど巨大で資金力のあるベンダーであっても、これらすべてに対応することは困難であることは容易に想像できる。
ここで、新興ベンダーのソリューションにはかなりの割合で組み込まれているトレンドの要素を4つ紹介する。AI、パーソナライズ(個別化)、ボット(bot)、ナッジ(nudge)である。
まず、AIが組み込まれていることはもはや当たり前になっている。特に人とジョブやラーニングメニューとのマッチングの領域と、個人個人に向けたコメント、メッセージや具体的アクションを提示する仕組みの部分に組み込まれている。
そして、コメントやメッセージ、あるいは具体的アクションの内容を、マシンラーニング(ML)の結果に基づいてそれぞれごとにパーソナライズして生成し、これをチャットボットの仕組みで対象者に送信する、という仕組みを実現しているものが多い。
最後に、ナッジについてであるが、もともとは「ヒジで軽く突く」という意味の英語だが、行動経済学の分野では「科学的分析に基づいて、人間に『正しい行動』をとらせようとする戦略」という意味で使われている用語である。これがHRテクノロジーの世界でもメジャーな考え方、仕組みになってきている。たとえば、「Aさん、先週あなたのチームに加わったばかりのBさんが初案件を獲得したようですよ。今こそ、その成果を称えるときです。今日中にチャットでメッセージを送りましょう。」というような取るべきアクションの内容がかなり具体的に自動生成されてボットから自分宛てに送られてくるイメージである。
この点、ようやく国内のベンダーからも上記の「トレンドの要素」の大部分を取り入れたソリューションが提供され始めた。
このDEJIRENは、未だAIの要素は組み込まれていないものの、タレントマネジメントシステムやラーニングシステム、勤怠管理システム等の様々なシステムと「人」との間に立ち、パーソナライズされた情報をタイミングよくナッジの考え方に基づき、チャットボットの仕組みで伝えてくれる画期的な「コミュニケーションプラットフォーム」である。
4.従業員エンゲージメント・サーベイ(Employee Voice)
この領域は、Employee Voiceと呼ばれるようになった。筆者なりに解釈すると、「サーベイ」というと「管理者目線」「上から目線」で従業員たちに一斉に質問をなげかけて調査をする、というニュアンスになってしまうところ、現場の従業員の声に耳を傾けて丁寧に意見を拾い上げるという表現のほうが適切である、という考えが根底にあるものと思われる。
トレンドとしては、ただ単にサーベイの結果からインサイト(気づき)を得るだけではなく、「エンゲージメントのスコアが悪かったチームは何をすれば改善できるのか」といった具体的なアクションに繋げるところまでサポートすることが求められるようになってきている。
頻度を上げることによりリアルタイムフィードバックにフォーカスしたパルスサーベイはもはや前時代的とされ、Engagement 2.0と分類される。次の時代(Engagement 3.0)は「行動変容」にフォーカスしたIntelligent Nudges(AIエンジンが組み込まれたナッジ)の仕組みが必須と言われている。
また、もうひとつの大きなトレンドであるが、次のようなものはすべて「(広義の)フィードバック」と捉え、
・従業員からの匿名のフィードバック
・パフォーマンス評価
・退職時インタビュー
・年度サーベイ、パルスサーベイ
・顧客満足度調査
・採用ブランディング調査
・企業文化等に関する口コミ評価
・SNS上での企業に対する評判情報
これらのデータを統合してレポーティングしたりグラフ等にビジュアライズし、あるいは分析にかけるという動きも出ている。
さらに、サーベイプラットフォーム、ラーニングプラットフォーム、分析ツール、パフォーマンスマネジメントシステム、ピア・リコグニションツールとしてそれぞれ存在してきたものが、「アクション・プラットフォーム」として融合されていくだろうとの予測もなされた。アクション・プラットフォームというのは、従来型の人事系システムにありがちな「プロセス重視」ではなく、フィードバック、アセスメント、データ、エクスペリエンスを重視して具体的なアクションを促すものとされる。
この点、国内ベンダーの中でも最も注目すべきなのがjinjerだ。
jinjerはまさに「アクション・プラットフォーム」への進化を遂げようとしているところであり、具体的アクションを促すための強力なダッシュボート基盤、コミュニケーション基盤が実装される日も近いだろう。
5.ラーニング・プラットフォームとキャリア支援
「ラーニング(の機会)」と「スキル(のアップデート)」がFuture of Workの鍵となるとされ、これらがエンゲージメント向上のための最大のドライバーであると指摘された。たしかに、世界共通で「学習機会または成長機会がない」ということが離職原因の上位にランクされ、企業向けラーニング市場は爆発的な広がりを見せている。
ここで特筆すべきは、ラーニングの分野もやはり「エクスペリエンス」を重視するということで、ラーニング・エクスペリエンス・プラットフォーム(LXP)という言葉が出現した。ここでも、パーソナライズ、ナッジ、AIによるマッチング等は必須とされる。
すでにこれらすべての要素が組み込まれているソリューションの代表例として、SumTotalを挙げることができる。
キャリアについては、今後はますます「適職」を自ら探し求め、キャリアパスやキャリアプランを自発的に構築していくことになる。そのために欠かせないのが、組織側のジョブ定義、スキル定義と従業員側のスキルの棚卸(可視化)である。
しかしながら、多くの日本企業においては「詳細なジョブ定義」が非常に軽視されてきた。ジョブ定義、スキル定義を地道にコツコツと進めていくことが喫緊の課題である。ジョブ定義、スキル定義のステップについては「HRテクノロジーで人事が変わる」(2018年、労務行政)を参照されたい。
6.ピープル・アナリティクス(人事データ分析)
ピープル・アナリティクスについても、実用的・有益な情報をダッシュボードに表示して終わり、というところから、取るべき行動のリコメンドをするなど具体的なアクションに繋げる方向へとシフトしている。ここでもキーワードは、ナッジ、提案(パーソナライズされたアクションのリコメンド)、ボットである。
この点についても、前述のDEJIRENのようなプラットフォームが威力を発揮するであろう。
そして、「ピープル・アナリティクス成功のための要素」がいくつか示された。このうち筆者が注目したのは次の3つである。
① 分析やAI等の技術的なスキルのみならず、ビジネスセンスや知識も重要
② データの品質
③ プライバシー保護、個人情報保護
①については、我が国においては「技術的なスキル」があることに加えて「ビジネスセンス」や人材管理や人材育成の現場のビジネスにも精通しているという条件を満たすというのは非現実的に思える。そこで、「技術的なスキル」よりも「ビジネスセンスや知識」のほうを重視して、MotionBoardのようなダッシュボートツールによる情報の可視化で十分にことは足りると考える。
この点に関しては、こちらの記事も参照されたい。
また③については、我が国ではまだまだテクノロジー活用の観点からこれらの基礎知識を有している人事担当者が非常に少ない。この点につき懸念がある読者は、ぜひHRテクノロジー・コンソーシアムが主導する「人事データ活用ガイドライン策定」の取り組みに注目して頂きたい。
7.終わりに
前回に引き続き「HRテクノロジーのトレンド」というテーマで、10月上旬にラスベガスで開催された「HR Technology Conference & Exposition 2019」での視察内容をダイジェスト版としてご紹介した。
また今回もエッセンスのみをお伝えした。専門用語の解説も不十分であろう。
HRテクノロジー・コンソーシアムでは、「HRリーダーのためのHRテクノロジー基礎」と題して講座を実施している。また新たなシリーズとして、「HRリーダーのための個人情報保護・労働法基礎講座」も開講された。
これらの講座の中では、各テーマに即して参加者同士がディスカッションを行い、テーマによっては具体的なアウトプット(PPT等でまとめたもの)を作成して頂くということも行っている。ぜひ記事の読者の中から多く方々が参加されることを願っている。
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