JOYOUS BLISS ~続・AI幼年期の終わり
約1年前に書いたAI翻訳の比較記事『AI幼年期の終わり?』からの続編です。
前回は、ぼくが長くプレイしてきたMMORPG『FINAL FANTASY XI』(FF11)の20周年を機に、FF11で一番のお気に入りブログ『ヴァナ・ディール植物記』の2009年の記事にあるFF11『Distant Worlds』の歌詞のGoogle翻訳結果と、現在の翻訳エンジンの差を見てみようというものでした。
前回は最後に「機会があればまた~最新版の翻訳結果で比較記事を書きたい」としていたのですが、このときは1年程度では大して変化もないだろうし、数年先かな~と思っていました。ところがみなさんご存じのとおり、ChatGPTの大流行(?)がやってきましたので、FF11も昨日21周年を迎えたことですしこのタイミングで今年もAIによる翻訳を比較して記録しておこうと思います。
なお現在、ChatGPTを活用したAIサービスが乱立していますが、今回は面倒な手続きなしで触れるBing AI Chat(GPT-4使用/OpenAI開発)とGoogle Bard(PaLM2使用/Google開発)のふたつを利用してみます。
Bingには「よりバランスよく」「より厳密に」「より創造的に」の3つのモードがあるので、それぞれ試してみました。
そして今回も、同じく『Distant Worlds』の歌詞を翻訳して比較してみます。なお、翻訳時には歌詞全文を渡しているのですが、すべてを比較するといくらなんでも長くなりすぎるので、もっとも気になる箇所として、2009年にGoogle翻訳が「空気ぎんしょう」と謎の翻訳をしていた冒頭の一節のみを見ていきます。
また、BingとBardは対話型のインターフェースなので「以下の歌詞を英語から日本語に翻訳してください」と添えて翻訳をお願いしたうえでの結果です。歌詞であることを伝えている、というのはひとつのポイントになります。今回も比較のためにGoogle翻訳とDeepLの最新の結果を載せますが、このふたつにはこれが歌詞であることを伝える手段がありません。
それでは、いってみましょう!
冒頭「空気ぎんしょう」はどうなる?
ところで『Distant World』には、もともと日本語で書かれた"原詩"が存在します。そして上記の部分は、原詩では「雲が空を泳ぐのは 星の言葉を伝えるため」となっています。日本語では単に「(星の)言葉」でしかない部分が英語では"air of joyous bliss"と半分抽象的に、半分具体的になっているところに「難しさ」があります。
ただ、各AI/翻訳エンジンが再和訳によって日本語原詩に戻せるわけがないのは当然のことですし、それはべつにかまわないのです。
気になったのは"joyous bliss"の訳し方です。各AI/翻訳エンジンごとの結果を見ると、joyous=joyful「嬉しい、喜びに満ちた」とbliss「無上の喜び、至福」の2語を活かしたもの(Google翻訳、Bing/バランス)と、1語を殺して丸めてしまったもの(それ以外)にわかれます。Bingは"バランス"の方が2語を活かしているにも関わらず、"厳密"は1語を殺していて「厳密とはなんなのか」とちょっと問い詰めたい気持ちにさせられます。
問題はjoyousとblissをあわせて丸めるときに、軽い"joyous"の方から「喜び」「歓喜」が活かされて、重いblissの意味が殺されていることです。おそらく、どちらにも「喜び」の意味があるため共通項として見い出したのだと思いますが、blissの重さがどこかへ消えてしまっています。
AI/翻訳エンジンの特徴
各AI/翻訳エンジンごとの結果をそれぞれ見ていくと、Google翻訳は(昔はともかく)より厳密であろうとする姿勢が見て取れます。あまり褒められなくても嘘はつきたくない、みたいな感じでしょうか。
DeepLは2022年には不思議なことに詩的な翻訳をしていて良い感じでしたが、2023年には言葉数が増えて直訳っぽいものに変化しています。DeepLは優秀だと評価される一方で「わからないことを端折る」と批判されてきたので、補正がかけられたのかもしれません。ただ、joyous blissを少し固く「歓喜」とまとめたのはDeepLだけで(Bing/バランスは「喜びの歓喜」というダメな二重表現)日本語らしい翻訳は健在という感じです。
Bingはおそらく"バランス"ばかりが使われて学習が進んでいるのではないでしょうか。"創造的"、"厳密"に期待するものと結果が逆に思え、未成熟な印象を受けます。あるいは"創造的"、"厳密"という表現自体が誤訳なのかもしれませんが。
Google Bardは世間に見向きもされず、AIの分野で王座から転げ落ちることをほくそ笑まれているのが現状ですが、「天空の星と共に踊る雲」という明らかに原文とは異なるかたちで体言止めを使っており、「歌詞」であることを踏まえている様子がうかがえます。これは好印象です。
ためしにBardに「次の英文を日本語に訳してください」と、歌詞であることを告げずに再翻訳をお願いしてみたところ、
このように別の文体で結果を返してきました。
ぼくら人間からしてみれば、相手が誰であれ、まずは話をきちんと聞いてくれることが大切です。そういう意味でBardには、ただの翻訳エンジンとは違って人格を認識できる余地がありそうです。
ただ、Google翻訳ではjoyous blissを「楽しい至福」と2語を活かして訳しているのに、Bardでは「喜びに満ちた」としてblissを殺してしまっています。
もちろん、そうは言ってもGoogleの両テクノロジーはそれぞれ厳密さ・誠実さを持っているのですから、うまく連動できるときが来れば他と一線を画すときがくるかもしれません。両親の良いところを受け継いだ子どもが生まれる可能性のようなものを想像できることに「生命らしさ」を(勝手に)感じちゃいます。「Googleには2人いる」ということは、重要なことかもしれません。
AIの発展をノンフィクションとして楽しむ
というわけで、あくまで表面的なことを見たにすぎませんが、当初思っていたよりもAIの発展が楽しみになってきました。やはり気になるのは、DeepLが持っていた作家性のようなものが削られて凡庸にならないか心配なことと、Google翻訳とBardの間に恋は芽生えるか、でしょうか。
このようなAIの発展をノンフィクションとして楽しめるというのは、SF愛好者としてはなかなかたまらん状況です。次は数年後と言わず、1年後にはまた記事にしたいと思います。あるいは、1年後では遅いかもしれないですけどね。
(おしまい)