敗訴判決に潜む光明(前編) ~マンション・団地で猫を飼おう計画
集合団地における理不尽な一律ペット禁止規約を全否定し、ごろごろにゃーんする活動の続きです。うちの団地の理事会に提出した第二弾要求から半月が過ぎましたが、まだ返事はまだありません。
そこで今回は、ペット解禁を望む日本全国のみなさんのために「ペットを飼育していた住民側が"敗訴"した判例」にペット飼育可能化のためのヒントを見い出せることについてお話ししたいと思います。もちろん、うちの団地への要求でも実際に活かしている内容です。
なお、ぼくは法律家ではありませんから「訴訟に勝つためには、こうすべし!」といった法的アドバイスは行なえません。ただし報道関係の仕事をやってきた経験から、普通の人が気付きにくい「ツッコミどころ」を心得ていますので、その視点を活用しつつ、仕事よりずっとマジメに調査&執筆していきます。
今回扱うのは、集合住宅の規約におけるペット飼育の全面禁止を認めた判例としてよく知られる『平成6年8月4日判決・犬の飼育禁止請求事件』です。
平成6年8月4日判決・犬の飼育禁止請求事件
この事件の概要をざっくり説明すると、「ペット禁止ではないマンションにペットの犬を伴い入居したところ、管理組合があとから規約を改正してペット飼育を全面禁止した」というこの国の理不尽がすべて詰まったようなものになります。犬を飼っていた住民は、規約改正の経緯を不当とし、ペット飼育禁止規約の無効を主張して訴訟を起こしました。
しかし住民は、平成3年12月12日に敗訴(横浜地裁判決)。さらに、横浜地裁判決を不服として控訴します。
その結果が平成6年8月4日の東京高裁判決になります。しかし東京高裁は、平成3年の横浜地裁判決による原判決(規約を無効とせず、住民に犬の飼育を禁じた)を支持し、住民による控訴を棄却しています。
ペット飼育解禁を求める側からすれば、悪夢のような判例に見えます。
よく読むと実際にはそうでもないのですが、とはいえペット禁止派がこの判例を「印籠」のように持ち出してくることも考えられます。だからこそ、この判例に詳しくなり、反論できるようになることに大きな意味があるのです。不都合そうに見えるからといって目を背けず、しっかり見ていきましょう。
この判決は裁判所のサイトに掲載されており、全文を確認できます。とはいえめちゃくちゃ読みにくいので、この記事では重要なポイントを引用していきます。
なお裁判の判決というのは、あくまで個々の事件に対してのみ効力を持ちます。別件でも参考にするのはいいのですが、訴訟となった個々の事件の背景を知らないと、不必要に重く受け止めすぎることになりかねないので注意が必要です。
判例を読み解くときは、背景にある「事情の違い」に注目し、どこに普遍性があるか、ないかを見極めていく必要があります。普遍性がある部分については先例主義・判例主義でそのまま同じ判断が下されることを前提とする必要があるので、混同しないようにしなければなりません。
まずは「事情の違い」を明らかにしていくことで、この判例がいつでもどこでも通用する「印籠」のようなものではないということを、いくつかのポイントを挙げて示していきます。
ポイント① 昭和
判決文によると、この住民が当該マンションに入居したのは昭和60年とのこと。
今年は昭和99年ですから、もう40年近く昔のことですね。
もちろん昔の事件や、古い判決だからといって無効になるわけではありません。とはいえ、ペットの飼育環境自体が大きく変化し、当時は「完全室内飼育」の概念自体が少なくとも一般的ではありませんでしたし、技術的な進歩等もありますから、今また同じ内容の訴訟が起きれば結論が違ってくる部分もあるでしょう。
ポイント② 証拠不足
この判例を読むとすぐわかるのは、住民は法を根拠に正当性を主張するだけで充分な証拠を示しておらず、あっさり敗北しているということです。
住民は「犬の飼育が長男にとって自閉症の治療的効果がある」ことを、規約改正を無効だとする理由として主張しているのですが、裁判所は、この主張を以下のようにバッサリ否定しています。
集合団地の規約に法的正当性を裏付けている"区分所有法"は、規約の改正によって「特別な影響」を受ける住民がいる場合は、当事者の許可が必要だとしています。住民側はこの規定を盾にしたわけですが、自閉症の長男を「特別な影響」としては証明できず、裁判官を納得させられませんでした。
医師に「自閉症の治療上、ペット飼育が必要」という診断書を書いてもらうのは無理があるかもしれませんが、「すでに飼育しているペットから引き離すことには悪影響がある(と考えられる)」ことを医師や専門家に証言してもらえばおそらく結果は違ったでしょう。
大切なのは、「証拠がなければ、主張だけしても根拠にはなりえない」ということです。裁判所は(基本的には)誰の味方もしないので、判断材料に不足があっても、わざわざ味方して根拠を探してくれはしません。
ところで、判決文には「"控訴人の権利"に特別の影響を与えるものとはいえない」とあるとおり、この裁判所の評価はこの住民個人に対するものでしかありません。この手の規約改正が常に有効であると認めたわけではなく、「このマンションにおいて、この規約改正はナシではないね」と言っているに過ぎない点には注意が必要です(いわゆる「官僚答弁」や「霞ヶ関文学」と呼ばれるものに近い表現で、これについては別項・後編で取り上げます)。
判決文全般を見るに、この住民は自身の正当性を主張するばかりで、他の住民に影響を及ぼさないように具体的な努力をしている様子は見られません。少なくとも裁判官には届いていないことは確かで、前回も触れた"民法第一条"にある「信義に従い誠実に」という文言に反し、「権利の濫用」に値すると判断されたおそれもあるのではないでしょうか。
民法第一条は曖昧なため悪用されて私権制限に使われますが、だからといって悪法だというわけではありません。そして、この法律を味方につけるために必要なことは、この条文自体に書かれているのです。
ポイント③ 隣戸との距離
ペット飼育の全面禁止が認められる大きな理由のひとつに、マンションの構造上の都合が挙げられます。
判決文には、次のようにあります。
壁と床(天井)を共有していることは(程度の差はあれ)どのマンションでも同じです。間取りの違いによる部分もあるのですが、騒音、悪臭の懸念は概ね無視できない問題です。
とはいえ防音上の問題はペット飼育者が自前でどうにかすればいいことです。壁には防音のためのシートを張るとか、フローリングの床は足音(爪音)が響かないように絨毯を敷くなどの方法を検討できます。
前回触れたように、うちの団地の村長夫妻はピアノ演奏のために防音設備を導入しており、これはまさに「信義に従い誠実に」権利を行使するための行ないとして真っ当なやり方です。
悪臭の方は、動物アレルギーとの関連もあり、より重大な問題です。ただ、世話が追い付かないほどの多頭飼いによる飼育崩壊や、あえてトイレなどの飼育用具をベランダなどに放置するといったことがなければ、匂いや動物アレルギーの症状を引き起こすアレルゲンが隣戸に至るとは考えられません。
また、単純にペットが付近にいること自体をも「影響がある」とする意見はあるのですが、それなら、なぜ公共交通機関ではケースに入れることを条件に車内や駅構内へのペットの持ち込みを認めているのでしょうか?
特にJR西日本の方は、動物アレルギーの方への配慮を認識したうえでこの規定を設けていることがわかります。もしもこれで不十分だと言うのなら、そう思う方が科学的証明を行なうべきでしょう。
なお、ペットやトイレをベランダに出さない、未洗浄の毛布などをベランダに干さない、といった当たり前の配慮のほか、隣家に動物アレルギーの方がいる場合は隣接する部屋の窓を開けないといったことも考えられます。そこまでする必要があれば、ですが。
今どきは熱中症予防などの都合もあって、人間が留守にする際のペットのためにエアコンを稼働させっぱなしにすることも少なくありませんが、昭和の時代にはそういう考えはありませんでした。昭和60年と言えば、ようやくエアコンが一般家庭に普及するようになってまだ数年という時代ですからね。消費電力効率もずっと悪かったはずです。
この訴訟当時から見れば、ぼくらは未来人のようなものですから、当時の訴訟関係者を見下すのは間違っています。ただ、これをひとつの歴史として学ぶ意識を持てば、ペット禁止にする規約改正を丸ごと否定せず「細則によって飼育条件を定めよ」と求めれば、結果を変えられるかもしれないという知見にたどり着けますし、実際この判例がもとになって「ペット飼育細則」が設けられるようになったケースも少なくないと考えられます。
ポイント④ エレベーターの有無
個々のマンションごとの違いがより大きいケースとしては、エレベーターの問題は見過ごせません。この事件の場合、判決文のなかで
と書かれており、「七階建て」とあることから、エレベーターがある建物だとうかがい知ることができます。
なお日本では建築基準法の規定に基づき、高さ31m以上の建物にはエレベーターが設置されることになっています。
戦後の高度成長期、都市に集中する大量の労働者のために早急に住居を用意するために建設された団地の多くが、この規定を逃れるために5階建て(以下)にされてきました。その経緯を知っていると、7階建てのマンションにはほぼ確実にエレベーターが設置されていることがわかります。ま、知らなくても想像はつきますけどね。
エレベーターには、そこが「密室」であるという問題があります。
これが動物を見たくない人や、動物アレルギーのある人への「影響を避けられない」大きな要因のひとつとなり、ペット飼育の一律禁止を肯定する理由となってしまうのです。最初から「ペット可」としている新しめのマンションには、ペット飼育者用のエレベーターが別に用意される傾向があります。
先日会談したうちの団地の"村長"も「ペット可のマンションには専用エレベーターがあるんです」と言っていましたが、うちの団地(まさに5階建て)のようにエレベーターのない古い団地には「密室問題」は起きようがないので関係ありません。こういう失言で、本当に動物アレルギーの方を心配しているわけではないとわかってしまうのは、なんとも残念です。
なお、必ずしもエレベーターがあるマンションではペット飼育の可能化を諦めないといけないとは限りません。エレベーターがあるマンションには停電時などのための非常用階段があるはずですから、ペットを伴う移動は非常用階段を使うことを条件化すれば回避できるはずです。とはいえ、ペットを抱えながらの階段の上り下りは、10階くらいが限界かなとは思います。
ポイント⑤ 空調問題
この判決には明示されていないものの、「空調」もマンションの構造上の制限として挙げられることがあります。
建物自体に空調設備があり、それが複数の住戸に通じている場合に室内の空気が隣室などに及ぶためと言われています。が、なければ関係ありませんし、あってもペットを飼育する場合は高性能のフィルターを設置することなどを条件にすれば「影響」を防げるはずです。この手の空調設備はコロナウィルスが住戸間で拡散されることを懸念されて問題視され、逆にそのおかげで対策が進んでいるという側面もあります。
以上のポイント③④⑤は、マンションごとに事情が異なり、個々に評価されるべき事柄です。そして、この判決から時代は移り、それぞれのマンションの設備にあわせて対策をとることも「現実的」になっています。
この判決では、
として規約改正によるペット飼育の全面禁止を認めていますが、あくまで「このマンションでは仕方ない」ということであり、しかももう昔の話です。
そのうえこの判決には、実は「全面禁止を認めているようで、そうでもない」という側面があるのです。次回・後編では、後述するとした「官僚答弁」「霞ヶ関文学」について触れながら、この判例が意味する本当のところを紐解いていきます。
(つづく)