BはバカのB(ではない)~フィクションとノンフィクションの境界
『B層』という言葉があります。はじめて聞いたときは「B級」みたいに「少し劣る」くらいの意味かと思っていました。B級映画はもはや半分は誉め言葉だし、松竹梅で言えば竹でしょ? 「一番でなければ駄目だ!」という層以外には響かないんじゃないかな~という感覚。
いやいや、それが違ったのです。
単刀直入に言うと「悪口」なので、ちょっと言いにくい話。ただ、これを知っておくと他人に騙される機会がとてもとても激減します。
ちょうど先日読んだ『日本の反知性主義』(内田樹編)のなかで白井聡さんが『B層』に触れていたので、それを引用して紹介します。
それは、もともとは、2005年の小泉郵政解散の総選挙をめぐって出てきた。すなわち、自民党から選挙戦略の構築を依頼された広告会社(スリード社)が作成したレポートに登場し、当該レポートが外部流出したことで表沙汰になった言葉である。
若者にとっては「誰?」という感じでしょうから軽く説明すると、小泉純一郎氏は、昔人気があった総理大臣です。小泉総理は記者に都合の悪いことを質問されると「適切に対処します」と言ってごまかし、郵政民営化を「公務員改革だ」と偽って実質的な公務員改革をしなかった人物ですが、メディアと多くの国民に人気でした。
なお、この話を進めるうえで隠しておいてはいけないことがひとつあります。それは、ぼくも小泉氏に期待していた時期があったことです。なので、小泉氏を支持した人たちを批判するつもりはありません。あくまで冷静に、当時を振り返ります。
言っていることは完全に本質を外していているのに、なぜか人気。その人気の秘密が『B層』という言葉にあります。引用を続けます。
そのレポートは、国民の階層をA~D層に分類し、B層を「構造改革に肯定的でかつIQが低い層」、「具体的なことはよくわからないが小泉純一郎のキャラクターを支持する層」と規定している。
マスコミ報道が、グローバル化や規制緩和が良いものだと喧伝すれば、それを鵜呑みにしてよく分りもしないのに「賛成!」と叫ぶ迂闊で知性を欠いた人々である。小泉自民党は、これを支持基盤とする緻密な戦略を立て、総選挙における大勝利を手に入れた。(中略)彼らは、有権者の最大のボリュームゾーンはB層であると見抜き、その事実に即したメディア戦略を立て(具体的にはテレビのワイドショーの重視)、実行した。
「国民はバカ」というよりは、「国民はバカにされてきた」と言った方が的確でしょうか。
ポピュリズムとか衆愚政治とか言ってもわかりにくいことを、『B層』という言葉は端的に理解させてくれます。むしろ「ポピュリズムだ!」「衆愚政治だ!」と言うこと自体が『B層』向けの発信と言えます。
小泉総理も、言葉の意味は説明せずに「改革なくして成長なし!」「抵抗勢力!」といった短いフレーズを多用し、それらが「わかりやすい」と評価されました(わかっていたかどうかは別ですが)。
また、もともと小泉氏は総理になる以前から、横暴な自民党の内部にいながら自民党を批判していたことで人気がありました。「自民党をぶっ壊す」と言って選挙を戦ったその姿は英雄視され、のちにNHKから国民を守る党(現NHK党、なんだその名前)の立花孝志氏が「NHKをぶっ壊す」と言って当選し議席を得ることにつながっていきます。
この"小泉的なもの"は、フィクションとの間で相互的な影響を及ぼします。外から戦うのではなく「内部から変えていくんだ」というフレーズは多用され、特に理由は説明されずともなんとなく正しい判断として扱われるようになっていきます。結局のところ、「内部に留まりたい」「外部に出たくない」という気持ちでしかないものを、正当化してくれる便利な言葉として。
直近では、自民党に所属しながら「党内野党」を標榜する山田太郎参議院議員や赤松健参院選候補も同類です。単なる批判や意見を「規制」と、それが海外からのものであれば「外圧」と不適当な言葉に言い換えて、フィクションにおける「表現の自由を守る」と豪語しながら、結果的にエロ擁護に偏っていることもあって支持者を中心にまるでセクハラの是認を推し進めるかのような事態になっています。
そこにはもう、フィクションとノンフィクションの区別はないのかもしれません。そして、ぼくらがB層でいる限り、フィクションもノンフィクションも劣化していくばかりです。
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