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断片集

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1,000文字前後の文章たち
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#小説

ぷち、ぷち、ぷちと花の首がとんでゆく。 足元には、首をもがれた花が落ち、絨毯のように

 ぷち、ぷち、ぷちと花の首がとんでゆく。  足元には、首をもがれた花が落ち、絨毯のようにあふれだしそう。くさいくさいとののしられ、やきつくせよ、花と共に。小さな手をふったのは、赤くひかる川のむこう。  幸男は走った。なにかを振り払うかのように、走って、走って、にげた。もどかしく、いつまでもこびりついて離れない、きもちわるい、とらわれている、得体のしれないものが、皮膚の中までしみこんで、細胞のひとつひとつまで浸透している。かきむしっても、かきむしっても、とれないシミ。はしれば、

ばらいろのほほ

「また、めがさめた」  昼かよるかわからないひかりのなか、鉛いろのくうきが漂う。  煮詰めたような重さが目にしみて、こっこくとねむり続けてはふと這いだし、水道のみづ飲みまたもぐる。つけっぱなしのテレビからはワイドショーのあかりもれ、にぎやかかつものものしい声がみみにとどいた。つよいひかりの画面をみつめながら、うつろにひびく裂けゆく身体は、今日もおきあがることに抵抗する。みどり色のまほうの飲み物、ユニコーン色の雲をうつした光が、いつかのシーツにながれでる。いつまでも、けだるく脈

あかおに

 よごれたひざ小僧をハンカチでぬぐおうとしたその時、ビュッと強いからっ風が突然ふき、幸尾の手からハンカチがざぁーっと飛んでいった。  いそいで辺りを探してみるもみつからない。河原には歯抜けのように、幸尾の背丈くらいの細い草もたくさん生えており、泣きたい気分で草をかき分けて探していると、遠くの方からかすかに(おーい)とよぶ声がきこえた。顔をあげると、川向こうの草の中から「おーい」と子どもが手をふっていた。おおきくふられた手には、幸尾のハンカチがにぎられている。  幸尾は立ちあが

東京に出てきて十年近く経とうとしていた頃、田舎から

 東京に出てきて十年近く経とうとしていた頃、田舎から一通の電報が届いた。その時、丁度私は金属部品の研磨をしかける所だった。金の卵として田舎を出た後、私は金属加工の工場で働いていた。十年間、毎日ねじを作りながら、ねじのように働くのは大変素晴らしかった。私は、ねじになりたかった。円柱の金属部品に螺旋状の溝をつける作業をしながら、いつも私はねじと一緒に溶けて同化していくような心地いい気分になった。ねじに、なりたかった。私はねじになりたかった。何も考えず、何も苦しまず、何も辛くない。

残された子供達は、彼等だけで生きていくほかなかった。

 残された子供達は、彼等だけで生きていくほかなかった。  母親が出て行ったのは、末弟の幸尾のせいなのだ、そうやって兄と姉は罵った。鈍臭く馬鹿で異端な小さい弟が捨てられただけで、我々が捨てられたのではない。責任はお前だけにある。そう口に出す事で、絶望へ堕ちるのを必死に止めた。悲劇に意味を与えなければ、受け止める事などできなかった。兄と姉の弟への仕打ち。それは、仕方のない事なのだろうか。悲劇を背負えば、何をしても許されるのか?それは誰も教えてくれなかった。幸尾は常に尻に痛みを感じ

封筒と麻袋に入った米を受け取ると、幸尾は胸の前でギュッと抱いた。それから幸尾は、

 封筒と麻袋に入った米を受け取ると、幸尾は胸の前でギュッと抱いた。それから幸尾は、その場でクルクル回った。お礼の言葉を知らなかったのだ。しかめ面だった女将はやっと少し笑って 「いいから、早くおかえり」  と、追い払うような手の仕草をつけて言った。  幸尾はゆっくりと歩き出す。米の存在、その重みを感じながら、ゆっくりと動き出す。陽が傾きかけていた。西の山へ隠れつつある太陽は、来た時とは違う日差しを田んぼへ注ぎ、田園風景を更に濃い黄金色に変えていった。チャパチャパと金の粉が舞い立

犬が腰振るような月夜の日、幸尾は珍しく夜中に目が覚めた。窓から差し込む月の

 犬が腰振るような月夜の日、幸尾は珍しく夜中に目が覚めた。窓から差し込む月の光が明るかったからかもしれない。白く射すような光線が一直線に強く、納屋に向かって差し込んでいた。なぜかいつもより暖かく、しんと静かな夜だった。幸尾はむくりと体を起こすと、窓から外をのぞいた。すると、そこには一面の真っ白な世界が広がっていた。新雪に反射した月明かりがキラキラと夜を照らしていた。尋常ではない明るさだ。こんなに明るいというのに、父も母も、兄も姉もぐっすり眠っている。幸尾は、月明かりと雪景色に

雪を含んだ風が、山から冷たく吹き付ける。足元にはうっすらと絹のような雪が積もり始めていた。

 雪を含んだ風が、山から強く吹き付け、足元にはうっすらと絹のような雪が積もり始めていた。幸尾の足先は寒風にさらされ冷たさで傷んだ。野良犬が一匹、木の幹に向かって腰を振っていた。 「わかる、僕わかるで」  父親が何を言いたかったのか、幸尾はよくわからなかったが、元気良くそう答えた。 「よしゃ、幸ちゃんはええ子だなあ。さっすがおらの子だあ」  父はすっとんきょんな声を出して言った。ビュッと風が一段と強く吹きつけた。幸尾は父の首元に深く顔をうずめた。首にかけられた父の手ぬぐいが鼻に

オリーとダンが日本へやって来る。その知らせに、静かに狂喜乱舞、

 オリーとダンが日本へやって来る。その知らせに、静かに狂喜乱舞、興奮した。実際に、部屋で小躍りをしてしまった。眠れなかった夜は何処かへ行った。狭い部屋の中で醜い生き物が肩と尻を揺らすその様は、監視カメラでもあったら異様な光景だっただろう。  それからというもの日に何度も何度もオリーとダンのSNSをチェックした。が、「日本へ行く」と投稿されてからそれっきり、彼等の投稿は何もなかった。だが、良くも悪くも私はその凪の間に気持ちを落ち着かせることができた。そして、私自身の希望の所在を

「ごめん、幸男君。行かなきゃ」布団から抜け出して景子は言った。

「ごめん、幸男君。行かなきゃ」  布団から抜け出して景子は言った。畳に落ちていた白いスリップを拾って身にまとうと、髪を後ろで束ねた。汗はすっかり引いている。景子は、ちゃぶ台の上にポーチを取り出し、ラジオに鏡を立てかけた。皮脂でテカった肌、汗で滲んだマスカラ、落ちた口紅。華奢な身体を蛍光灯の下に晒し、慣れた手つきで化粧を直し始めた。  ドンチン、ドンチン、ドドン、ドドン。  窓の外から、祭囃子のような音色が遠くに聞こえる。近頃、陽が落ちるとどこかから太鼓と尺八の音がかすかに届く

突然の泣き声が辺りを包んだ。あまりのけたたましい叫び声に相撲は中断され、

 突然の泣き声が辺りを包んだ。あまりのけたたましい叫び声に相撲は中断され、皆一様に声のする方を見た。小さな子供が泣いている。突っ立ったままの小さな足元は、片方が裸足であった。どうやら、片方の靴を川に落としてしまったらしい。流れる小さな赤い靴を、父親らしき人物が川の流れに沿って追いかける。なんとか追いついたはいいが、川端からは手が届かず、再び靴は流され、父親はまた走った。数十メートル先で、近くにいた見物人から長い枝を渡され、父親はなんとか靴を拾い上げた。顔をしわくちゃにして泣き

それから幸尾は毎日、河原へ出向いた。形のいい小石や木の枝を探したり、

 それから幸尾は毎日、河原へ出向いた。  形のいい小石や木の枝を探したり、石をできるだけ高く積んだり、岩についた苔やつららを眺めたり、そういった一人でできる限りの遊びをこなしながら、ちらちらと川面へ目を配った。川上から赤い花びらがひらひらと流れてくるかもしれないからだ。毎日ではないが、それは水流に乗ってやってくる。幸尾はそれを見逃すまいとした。  陽が傾きかけた頃、まずは一片、赤い花びらが流れてきた。先陣を切って勇ましく流れてくるそれを、幸尾は川べりからじっと見つめた。丸く大

小さなお姫さまアメリカへ

 アメリカへの入国審査ではおしっこをちびりそうだった。羽田でのチェックインから一連の手続きを全て前に並ぶ人の見よう見まねで通り抜けてきた彼女にとって、米国への入国審査は予想外の事態が発生してしまった。それまでは、チェックインから荷物検査、入国審査、搭乗ゲートでの航空券の提示、航空機内でのお手洗い、シートベルトをしめるタイミング、食事と飲み物の選択、税関へ提示する小さな紙、といったありとあらゆる流れを、全て周りの様子を見て対応してきたのだ。もちろん、この入国審査も前の人の行動を

いくらの権利

 座敷を二間あけはなした和室には、惣菜、寿司、ポテトサラダ、畳のいぐさ、アルコール、タバコの煙など、さまざまなにおいが人の体温であたためられ、蒸発し、まざり、よどみ、ほとんどの弔問客が帰った今でも、ずっと沈殿し残りつづけていた。  蛍光灯のしろいひかりの下、皿をかたづけるためすこしずつ残った料理がいっかしょにあつめられ、喪服のおんなたちがひと息つく時間。  寿司ネタはだいぶかたよったラインナップとなったが、いか、まぐろ、かっぱ巻き、いなり寿司が多くそろい、いくら、サーモン、青