【医師論文解説】春の花粉症、夏のトマト。季節を超えたアレルギーの新事実【Abst.】
背景:
花粉症患者が果物や野菜にも過敏症を示すことがよく知られています。特に、リンゴやヘーゼルナッツへのアレルギーが報告されています。日本ではスギ花粉症が最も一般的なアレルギー疾患の一つですが、これまでスギ花粉と他の植物性食品との交差反応性を実証した研究はありませんでした。スギ花粉の主要アレルゲンであるCry j 2とトマトのポリガラクツロナーゼ(PG)のアミノ酸配列が40%一致することが報告されていましたが、実際の交差反応性は証明されていませんでした。
方法:
RAST(放射性アレルゲン吸着試験)阻害実験:
スギ花粉とトマト果実の抽出物を用意
新鮮なトマトを食べた後に口腔アレルギー症候群(OAS)を示す患者の血清を使用
血清をスギ花粉またはトマト抽出物と事前にインキュベーションし、その後RASTを実施
阻害率を計算し、交差反応性を評価
イムノブロット阻害実験:
スギ花粉とトマト果実のタンパク質を電気泳動で分離
分離したタンパク質をメンブレンに転写
患者血清を異種タンパク質溶液と事前にインキュベーション
IgE抗体の結合を検出し、交差反応性を評価
タンパク質の同定:
交差反応性を示したタンパク質のN末端アミノ酸配列を決定
データベース検索によりタンパク質を同定
同定されたタンパク質のアミノ酸配列を比較
結果:
RAST阻害実験:
5人中4人の患者血清で、トマト抽出物による前処理によってスギ花粉へのIgE結合が50%以上阻害された
5人中3人の患者血清で、スギ花粉抽出物による前処理によってトマトへのIgE結合が50%以上阻害された
コントロールとして用いたダニ抽出物では、スギ花粉やトマトへのIgE結合を効果的に阻害しなかった
イムノブロット阻害実験:
スギ花粉とトマト果実の両方の抽出物で、いくつかのタンパク質バンドへのIgE結合が相互に阻害された
交差反応性を示すタンパク質バンドの組み合わせは患者によって異なっていた
タンパク質の同定:
スギ花粉:
45-49 kDa: Cry j 1
41-43 kDa: Cry j 2
トマト果実:
46 kDa: ポリガラクツロナーゼ2A (PG2A)
22 kDaと25 kDa: β-フルクトフラノシダーゼ (B-FF)
18 kDa: スーパーオキシドジスムターゼ
14 kDa: ペクチンエステラーゼ
アミノ酸配列の比較:
スギ花粉のCry j 2とトマトのPG2Aの間に21.8%のアミノ酸配列の一致が見られた
特に3つの領域(Cry j 2の251-257、274-286、312-321番目のアミノ酸)で高い相同性が観察された
論点:
スギ花粉とトマト果実の間の交差反応性が初めて実証された
交差反応性に関与するタンパク質は複数存在し、患者によって異なる
Cry j 2とPG2Aの間のアミノ酸配列の相同性が交差反応性の一因である可能性
タンパク質の糖鎖構造も交差反応性に寄与している可能性がある
結論:
RASTとイムノブロット阻害実験により、スギ花粉とトマト果実の間に交差反応性があることが示された。この交差反応性には、タンパク質のポリペプチド部分と糖鎖部分の両方が関与している可能性がある。特に、スギ花粉のCry j 2とトマトのPG2Aの間に見られたアミノ酸配列の相同性が、交差反応性の重要な要因の一つであると考えられる。
文献:Kondo, Y et al. “Assessment of cross-reactivity between Japanese cedar (Cryptomeria japonica) pollen and tomato fruit extracts by RAST inhibition and immunoblot inhibition.” Clinical and experimental allergy : journal of the British Society for Allergy and Clinical Immunology vol. 32,4 (2002): 590-4. doi:10.1046/j.0954-7894.2002.01337.x
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所感:
この研究は、日本で最も一般的なアレルゲンの一つであるスギ花粉と、日常的に摂取される食品であるトマトとの間の交差反応性を初めて実証した点で非常に重要です。この発見は、スギ花粉症患者の中にトマトアレルギーを併発するリスクがある患者が存在する可能性を示唆しており、臨床的に非常に有用な情報です。
特に興味深いのは、交差反応性に関与するタンパク質が患者によって異なる点です。これは、アレルギー反応の個人差の一因を示唆しており、個別化された診断や治療の必要性を裏付けています。
また、Cry j 2とPG2Aの間のアミノ酸配列の相同性が明らかになったことで、今後、これらの共通エピトープを標的とした新しい治療法や診断法の開発につながる可能性があります。
一方で、糖鎖構造も交差反応性に関与している可能性が示唆されたことは、アレルゲンの構造と機能の複雑さを改めて認識させられます。今後は、タンパク質部分と糖鎖部分の両方を考慮したより包括的なアレルゲン研究が必要になるでしょう。
この研究結果は、スギ花粉症患者の食事指導や生活管理にも影響を与える可能性があります。特に、口腔アレルギー症候群の症状がある患者に対しては、トマトの摂取に注意を促す必要があるかもしれません。
今後は、より多くの患者を対象とした大規模な疫学調査や、他の果物や野菜との交差反応性の検討、さらには交差反応性を示すエピトープの詳細な解析などが期待されます。これらの研究の積み重ねが、アレルギー疾患の理解を深め、より効果的な予防法や治療法の開発につながることを期待します。