読書日記 - 『ゲンロン戦記』東浩紀
本書は株式会社ゲンロンの「歴史」を、創業者である批評家・哲学者・作家の東浩紀さんが語る本。
語り下ろしの本(書き下ろしではなくカタリ下ろし)ということもあり、非常に読みやすく、ぼくは2日で読み終わりました。
内容は、批評家・哲学者・作家である著者の東さんが社会に対してどのような問題意識を持っているのかそして、株式会社ゲンロンを通じて社会をどのように変えようとしているのかが描かれます。
東さんは批評家・哲学者・作家であり、元々経営者ではありません。そんな「経営者として未熟な自分」をさらけだし、客観的に見つめ、「少しずつしか反省しない」という事実に行き着く様は圧巻。
この自己省察の技術には、経営学教授の楠木建さんも「面白い」と目を見張っています。
この本はこんな人におすすめです。
・哲学に興味のある方
・勉強会の主催や、サロン経営に興味のある方
・自身を振り返る力をつけたい経営者の方
3つのポイント
①無駄なことこそが大切
東さんは「なにか新しいことを実現するためには、いっけん本質的でないことこそ本質的で、本質的なことばかりを追求するとむしろ新しいことは実現できなくなる」と述べています。
たとえば、洗練さが求められ、無駄を削ぎ落とされた無料オンラインプラットフォーム「TED」などで行われるプレゼンテーション。
ここでは「雑談」が見逃されています。
東さんは主張は、この「雑談」こそが「誤配」を、そして「思考」を生み出すということ。
「誤配」とは、「誤って受け取られたもの」という意味で、本来のものとは別の形で受けとられることにより、新しい発見につながっていきます。
コロナのいち早い収束を願うばかりですが、本書では「誤配」の好例として「飲みニケーション」の重要性も語られており、取り留めのない話が多い飲み会が、現実としては成果につながっていること。
ぼくはというとお酒やタバコをたしなまず、飲み会にも基本不参加です。
ただ、過去の上司たちは口をそろえて「タバコ室での一服からアイディアが生まれる」と言っており、これも「誤配」の一例かと思いました。
そしてこの「誤配」こそが、ゲンロンカフェの成功理由の一つ。
②ゲンロンカフェの成功理由
ゲンロンカフェは「何時間も登壇者がしゃべくり倒す」というスタイルで有名で、その成功要因は以下となります。
・論壇者の多くは長く話したがる(持ち時間だけだと伝えきれない)
・日本において「お客」は「登壇者」と話すよりも、「登壇者」と「関係
者」が話しているのを少し離れてじっと聞く
・価格設定をライブハウスを参考に設定(2500円〜 3000円)
・飲み会がコミュニティを作り、(批判的視点を持った)観客を作る
特に2番目の理由(日本において「お客」は「登壇者」と話すよりも、「登壇者」と「関係者」が話しているのを少し離れてじっと聞く)は、勉強会やサロン主催者なら知っておいて損はない情報です。
自分が「お客」としての参加者だった場合、登壇者に話すのは確かに気が引けてしまいますよね。
そもそも日本人にとっては「少し離れたところから見る」という、「主体者」と「完全なる外野」のあいだに位置する「傍観者」としての態度が居心地がいいのだと思います。
③「考える」行為が必要
ゲンロンカフェが大切にしているのは「考える」行為です。
社会をいい方向に動かすはずの「知る→分かる→動かす」という合理的なフレームワークは、東日本大震災やトランプ大統領の誕生を通して、フェイクニュースに飛びつく人々によってうまくいかないことが分かりました。
必要なのは「知る→わかる→考える→動かす」というフレームワークであると東さんは述べています。
現実世界の問題は複雑で、歴史や利害関係が込み入り、「知れば知るほどわからなくなること」や、「わかればわかるほど動けなくなること」が多いというのが現状。
問題の解決には腰をすえて「考える」という行為が必要で、「人はだれでも、信者とアンチしかいなくなると、すぐに言葉も作品も堕落していく」と著者は警告しています。
面白いと思った点は、著者が現状をなにも変えないSNSの問題点は「スケールさせる装置」であると述べていること。
「スケールさせる装置」どういうことかというと、YouTubeやTwitterのビジネスは「無料を維持」するために「スケール(大規模化)」させて広告で稼ぐことが大前提となっていること。(赤字でもサービスを続けられる理由は、売却という選択肢もあるから)
この「スケールさせる装置」の中で戦おうとすると、全てがページビューとリツイート数の競争になり、全員が自分の一部を切り売りしてページビューを稼ぐしかなくなります。
そこで著者は「シラス」というゲンロンの放送チャンネルを立ち上げ、限られたメンバーによるクローズドのコミュニティの中で「反スケール」を目指しています。
確かにツイッターに代表されるSNSは、人々に次から次へと新しい情報を送るため、人々の立ち止まって考えてみるという行為、力を奪っているかのよう。
SNSやオンライン動画プラットフォームなどの「無限の泉」によって、ぼくたちの生活は一見豊かで便利になったように見えますが、混乱を極める今日、生きる知恵として「考える」行為の重要性がますます増しています。
まとめ
ゲンロンカフェのことを以前から名前だけは知っていましたが、この本を手に取るまでどんな活動をしているのかは知らず、日本でゲンロンカフェのような「知の営み」が行われていたことに驚かされました。
そして、本書を読んで、反資本主義的で反体制的であるために「反スケール」でなければならないというゲンロンの経営方針に、「哲学を持った経営」の面白さを感じました。
しかも株式会社ゲンロンは、雑誌販売やカフェ以外にも「新芸術校」といった新しい形のアートスクールを開講しており、「マンガ教室」や「SF創作教室」も開講されています。
興味のある方は「ゲンロン新芸術校」で検索してみてください。