より道こそが人生の豊かさと知る:『人生百年の教養』レビュー
「より道」というコトバに惹かれます。
若いときは「より道」なんて不要なもので、お金を稼ぐことと、仕事での成果が重要と考えてきました。
しかし年をとるにつれて、「より道」は自分の素直な心の発露だと考えるようになりました。
「より道」によって自分の好奇心の方向性を知ることができ、無理にがんばって仕事をするよりも、よほど健康的なものだと思いはじめました。
そんな「より道」の価値を存分に示してくれるのは、その道の第一人者による人生のより道本。
今日紹介する本は、まさにそんな本で、ドストエフスキー研究の第一人者として知られる亀山 郁夫(かめやま いくお)さんの作品です。
教養を身に着けるためのハウツー本ではなく、著者が幼少時から歩んできた道が描かれてます。
「教養とはこういうものだ!」と披露するのではなく、著者の人生を振り返りつつ「教養人のありかたについて」垣間見せてくれる本。
ですので、即効性を期待して読みはじめると裏切られますのご注意を。
意外だったのが、著者の人生の途上でさまざまなより道をし、挫折されていること。
『カラマーゾフの兄弟』をはじめ、ドストエフスキー「五大長編」を完訳した著者は、大エリートだと思っていました。
しかし、英語に挫折したり、ニッチな研究に取り組んだり、小説を創作したりと、絶えず挑戦してきた方ということがよく分かります。
本書ではおもに、著者が人生を振り返りつつ、どのように教養と向き合ってきたかが書かれています。
著者は中学生の時に読んだ『罪と罰』に大変感銘し、大きな影響を受けたということ。
著者の謙虚な姿勢と向上心に刺激を受け、自分が影響を受けた本を振り返り、人生にどのような影響をあたえたかを考える行為は、個人的に実践しようと思いました。
また、教養を「共有されることで初めて価値をもつ知の体系」と著者は語りますが、さらに「教養」ということばと「共有」ということばは音の響きが似ていることを指摘し、ドイツ語でも「教養」は「Bildung(ビルドゥング)」で、「共有」は「Bindung(ビンドゥング)」と、音の響きが似ていることが面白かったです。
さらに興味深かったのが、ドストエフスキーを中心とした見えざるネットワークが世界中に張り巡らされていること。
たとえば、以下のような人々があげられます。
・アンシュタインが「ドストエフスキーは、どんな思想家が与えてくれるものよりも多くのものを私に与えてくれる。ガウスよりも多くのものを与えてくれる」と語る。
・論理学者のヴィトゲンシュタインは『カラマーゾフの兄弟』を50回読んだとされている。
・フロイトも「ドストエフスキーと父親殺し」という論文を残している。
・ニーチェはドストエフスキーの『地下室の手記』と『死の家の記録』から影響を受けた。
・カフカの愛読書はドストエフスキーの『未成年』。
本書には、ロシア文学だけに止まらずシェークスピア、夏目漱石、アンドレ・ジッドといった著名人100人以上が登場。
そして著者が過去夢中になった本も多数紹介されており、個人的には、『物語創世』や萩原朔太郎の『絶望の逃走』、『チベットのモーツァルト』を知れたことが収穫でした。
本書の冒頭で引用されている以上の詩のように、知的好奇心を失わず、知的に若くありたいと思えました。
そして、人生は「寄り道した方が豊かになる」と感じさせてくれる一冊です。