サンフシギ
「小学校の時とかさ、太陽をオレンジとか赤で書いたじゃん?でもちゃんと見たら白いよな?」
「あー、まあ熱いから赤とかなんじゃないの?」
「テキトーだなぁ…。」
「誰に言われた訳でもないのに、なんであの色でみんな描くんだろうな。」
窓際の席にいる俺は3限目の終わりもまたそんなくだらない話をしていた。「2年生」という1年間は、1年生特有の新鮮味や期待は薄まり、3年生のような進路選択への不安がある訳でもなく、どうでもいいようななんでもない毎日がただ地続きになっているだけだった。
「てか、この学校って花子さんとかいんのかな?」
「なに急に」
「昨日見たアニメだとさ、そもそもなんか七不思議?的なのがあるらしいんだけどうちって全く聞かないよな?」
「確かに、1回も聞いたことねぇわ。」
「部活でみんなでとかならあるけど、1人で夜学校いるとかないしな。」
「あ、時間やばくね?」
「やべぇ、次移動教室じゃん!!急げ!!」
走っている中、なぜか七不思議のことを考え続けていた。多分、幽霊でも花子さんでもなんでもいいからこのただの毎日が変わって欲しかったんだと思う。なんとなく気だるさを感じながら部室へと向かうと、いつもは練習内容が書いてあるホワイトボードに
「自主練!!」
と、書いてあった。きっと顧問が出張なのだろう。この字の焦り具合から、部長はきっと彼女とファミレスへと駆け出して行ったことも、その時部長はきっとニヤついてこの文字を書いたことも容易に分かった。
サッカー部の部室から3階の教室へとボールが入っている袋を揺らしながら小走りで向かう。なぜ教室に向かっているか分からないけれど、何かが起きるんじゃないかという淡い期待があった。
バスケ部がグラウンドを走り回りながら謎の応援歌を唱えている声や、なにか書いてある黒板を背に写真を撮っている1年生が騒いでいる声が生温い空気と共に耳の中をぐるぐるしている感じがしていた。
夕方の陽射しが差し込むうちの教室には教科書がはみ出している机や、少しだけ位置が変わっている椅子だけが残っている。普段は誰もいない。
けれど、今日はいた。
日南という真ん中あたりの席に座っている女子だった。あまり話したことは無いけれど、確か去年は隣のクラスだったということは覚えている。焦茶の髪でちょうどジャケットの胸ポケットの下の縫製部分に毛先が揃っている。
「お、日南何してんの?」
考えた言葉と言うよりは、口をついて出ただけだった。
「んー、忘れ物しちゃって。探してたんだ。でもさっき見つかったんだー。」
木琴みたいな声だなと思った。そんな話したことがなかったけれど、予想通りの喋り方だった。
「へぇー。良かったね。」
「高瀬は?」
「俺は部活なくなって暇になっちゃったからさ。ちょっと教室で休憩してから帰ろっかなーって。」
「そっかー。」
「…あのさ、うちの高校の七不思議。私一つだけ知ってるんだよね」
突然、何秒かの沈黙を打ち破るように日南はそう言った。
「マジ??それって何?」
「…佐藤さん。」
体感は15秒ぐらいの沈黙の後に、誰かが勢いよくドアを開けてきた。担任の山口だった。The国語の先生だ。メガネをしていて覇気はあまりない。若干猫背なので、あだ名はニャー山。
「何してんだ?こんな時間に。」
「…あぁ、いや、なんでもないんですけど、ちょっと休憩です。」
脳内は日南から発せられた「佐藤さん」というあまりに不思議そうじゃない七不思議のひとつでいっぱいで、自分とは別にある口という部分が音を発しているだけだった。先生が「そうか。」という言葉を残したのを皮切りに、
「え、日南。それってどういうこと?」
「どういうことっていうか、あたしもあんまよく分かんないんだけどねー。私のバイト先の先輩がここのOBで聞いた話なんだけど。その先輩が言うには、まだ成仏できてない佐藤さんがいて、夜になると茶室に出るんだって」
なかなか七不思議だと思った。なんで茶室なのか、そもそもバイト禁止の高校なのに担任の前で言ってしまうのはなぜなのか。
「へ〜、そんなのあるんだうちの高校。…あれ日南って茶道部だよね?夜は行ったりしてないの?」
「うん。顧問が厳しくてね、夕方には追い出されちゃう。」
「…そっか。」
今度も口をついて言葉が出た。自分はあまり考えて言葉を発していないのかもしれない。
「日南、一緒に夜茶室に行かない?」
変な誘いだ。自分でもそう思う。室町時代のナンパみたい。担任は少しニヤニヤしていて不気味だった。
「もちろん!私も気になってたから。でも、鍵どうしよう?顧問は多分開けてくれないだろうし。」
猫のような声を2人とも出しながら悩んだ挙句、こうすることになった。
「先生。一緒に夜茶室行きませんか?」
「えマジで言ってる??え??待て待て。落ち着けよ。これって2人で夜に忍び込んで青春するやつじゃん??」
ニャー山史上最もクエスチョンマークが多く、崩した普段の話し方になった瞬間だった。
「いやだって鍵ないですし、まあ先生がいたら誰かに見つかっても大丈夫そうじゃないですか?」
「いやいやいや、違うじゃん。鍵は俺からあげて後は2人で行くやつじゃん。これ。プール忍び込むとかも、誰かに見つかるかもなぁのスリル味わったりすんのが楽しいんじゃん。」
「でもー。リスクできるだけ減らした方がいいって先生言ってましたよー。」
「これは別なんだよ!!」
「まぁ、いいじゃないですか。夜の九時頃までにどうにか来るんで、その時間になったら先生、第2特別棟の裏口に来てくださいね。」
「はいはい、わーったよ。でも茶室の中は行かないからな!」
ドアを開けながらそのセリフを吐き捨てた時、猫背はいつもにも増していた。ちょっとガラも悪くなっていた。実はあれが先生自身なのかもしれない。
「ニャー山実は怖がりなのかなー。だから行きたくないんじゃない?」
「確かに。そうかも」
ちゃんと声を出して笑った。ここまで笑うのは久しぶりかもしれない。靴箱のところまで日南と笑いながら話した。
「じゃー九時前に、裏の公園いるね。」
「おっけー、じゃ!また。」
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