映画『ラストマイル』と、仕事中心主義の問題
映画『ラストマイル』を観ました。本当に面白かった。満島ひかりや岡田将生の衣装なんてずっとかわいいし、最高かと思ったね。まじで。
特に『ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』の著者の一人として、かなり響くところがありました。が、面白かったポイントがいくつもあって微妙にまとまっていないから、今回は仕事関係に絞った感想にします。ほんとは、「劇場場パトレイバー」と絡めて、テロの話をしたかったけど、それは次回に持ち越します。
ちなみに、ネタバレはむちゃくちゃあります。
Amazon.co.jpを思わせる「デイリーファスト」というアメリカ本社のグローバルEC企業の日本支社のとある倉庫が舞台。
その倉庫のセンターを管理する業務を担う満島ひかり(上司)と岡田将生(部下)のところに、ブラックフライデー商戦の主力商品であるスマートフォンが爆発したとのニュースが入ってくる。
原因何か? 誰がやった? ほかにもある? 今回のセールでの売り上げ目標を達成しなければ。そうした疑問と義務で焦りながら、原因と真相の特定へと向かいつつ、社内でも社外でも責任を押し付け合う争いが生じている。
かたや現実の日本には、物流業界の2024年問題というのがある。働き方改革関係の法律によって、この4月から、ドライバーの年間時間外労働時間の上限が960時間になることで、ドライバーの担い手が相対的に減ってしまうことから来る物流のトラブルのこと。
こうした事態と併せて、倉庫やセンターなどの拠点から届け先までの最後の区画をどう処理するかという問題が「ラストワンマイル」と呼ばれ、課題として論じられ始めている。これがタイトルの由来だろう。
大手のAmazonもこれを重大な課題とみていて、都市部ではUber配達員のような形でフレックスで配達を担当するような仕組みを設けるつもりでいるらしい。
映画は、群像劇の体裁をとっていて、物流大手の中間管理職(阿部サダヲ)や、現場のドライバー(火野正平・宇野祥平)などにもスポットが当たっていて、それがかなり心に沁みる。
このように、基本的には現代の労働環境や、ビジネスにまつわるモチーフをうまく活用できていて、最高に面白かったし、さすがとしか言いようがない。私にとっても、大好きな部類の作品だった。
だがしかし、書きながら、本作の「仕事中心主義」ぶりには、少しモヤっとするところも出てきた。その辺りは最後に述べたい。
1.企業の「バリュー」をうまく物語に取り込んだ映画
映画『ラストマイル』で印象的だったのは、デイリーファスト社が10個くらいの箇条書きにまとめられた「バリュー」(会社が尊重する価値観のことをそう呼ぶ)を掲げており、満島ひかりと岡田将生が、しばしばそのバリューのフレーズを使って会話していたこと。
観た人なら、「カスタマー・セントリック」という言葉が印象に残ったんじゃなかろうか。あれはバリューの1つ。どうやら、『ラストマイル』のグッズにもこの言葉が使われているらしく、その意地悪さを私は好ましいと感じる(トートバッグに書かれているらしいですよ)。
バリューバリューと連呼してきたけれど、「バリュー」という言葉がピンとこなければ、社訓と脳内で読み替えても別に問題は起きない。バリューという言葉は、元々MVVといって、ミッション、ビジョン、バリューの三点セットから来ている。
「企業が、この三つを区別しつつ、それらを積極的に掲げることが大事だ」というキャンペーンを、広告代理店やコンサルタントが流行らせ、日本ではなぜか三点セットで大事という話になっている。この三点セットの元ネタは、ピーター・ドラッカーだということになっているが、実際にはドラッカーは別にそんなことを言っておらず、コンサルが互いに擦り合ううちにどこからともなく生まれた概念が、日本社会では一人歩きしている。
……まぁ細かな話はどうでもいい。社訓の今風の形態が、MVVの三点セットだと思えばいい。最近では、「パーパス」という言葉が使われることが多いが、これもほとんど違いはない。(識者は違うと言うだろうが、こういうのを「機能的等価物」と呼ぶのだ。)
さて、企業の「バリュー」というモチーフを、映画『ラストマイル』はとてもうまく活用しているという話だった。『ラストマイル』が描く諸々のシーンは、「仕事だけをアイデンティティにしていいのか」「自分の関心や言葉が仕事や経済のシステムに乗っ取られていないか」と観客に突き付けるに十分なものだったと思う。
作中で起きているテロ事件に対応するために、現場で色々と判断を下さなければならない。そこで、バリューが引き合いに出され、「カスタマーセントリック(お客様が第一)だから」と判断が耳心地よく正当化されていく。どんな判断でも10項目のどれかを使えば、糖衣でくるんだかのように食べやすく正当化できてしまう。
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