わたしが出町座に行った日
私が初めて出町座に行った日に見たのは「君の名前で僕を呼んで」だ。
その頃大学生だった私は夜に飲み会をする予定があった。そこにまだあまり話したことのない部活の後輩を誘ってみたところ来てくれることになった。彼は離れたキャンパスに通っていて、わざわざ京都市内まで電車で出てきてくれるというので、何となく夜に飲み会だけして帰してしまうのが申し訳なく感じて映画に誘ってみた。彼は黒縁メガネが似合うとても無口な子で、一対一で話を繋ぐ自信がなかったのも映画にした理由の1つだった。
たまたま私が見たかった「君の名前で僕を呼んで」がちょうどいい時間に出町座でかかっていたので、誘ってみたところ乗ってくれた。昼過ぎの出町柳駅で待ち合わせをして、出町座へ向かった。
映画館には普段行くの?と聞いたところあんまり行かないですね。と言われ、少し不安になった。「君の名前で僕を呼んで」は私が見たい映画だったもののキャッチーな映画ではなかったので、もっと派手なアクション映画とかの方が良かったかな、と思ったのを覚えている。
席についてから映画が始まるまでは、ほとんど私が話していた。部活には慣れた?とか授業いってる?とか、新入生ならもう何度も聞かれているだろうなと思いながらもどうにか話を繋いだ。
映画が始まると、美しい夏のイタリアと淡い恋の話に私は引き込まれた。朝も昼も夜も、本当に絵になる美しい風景でまるで自分がそこにいるかのように感じた。
しかし私は薄々感じた。これは映画のチョイスを間違えた、と。隣の彼は今、二個上の先輩に誘われて嫌々ついてきたのではないか?退屈しているんじゃないだろうか?と後悔した。でも映画は始まっているし、もうこうなったら仕方がないので映画を楽しもうと腹を括ってもう一度映画の世界に没頭した。
結果的に映画はとてもいい作品だった。特にラストの主人公と主人公の父が会話するシーンが本当に素晴らしくて、うっかり泣いてしまった。泣いているのを彼に気づかれるのが恥ずかしくて、エンドロールで涙を乾かした。
映画が終わって電気がついたとき、私はいつも少し緊張する。隣で一緒に見た人と感想が噛み合わなかったら嫌だな、と不安になるのだ。この時はいつにも増して恐る恐るどうだった?と聞いた。
すると彼は「すごい良かったっす。最後のお父さんの言葉とか、ちょっと泣きそうになりました。」と言った。私は拍子抜けして、ああ彼を誘ってよかった、と思った。その後飲み会をする居酒屋に向かうまで感想を語り合って、行きのように話題に困ることはなかった。
残念ながらこの後彼と付き合った、というようなロマンチックな展開は全く無かったのだが、彼とはとても仲の良い先輩後輩になれた。
映画館はどんな映画を見たかも大事だが、どこで、誰と、どんな時に見たのかもとても大事だと思う。そういった意味でこの日は私にとって大事な映画体験であり、とてもいい出町座との出会いだったと思う。