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Episode 345 「うるさい」の意味が分かりません。

自宅を仕事場にしていた母親は、あまり私と遊んでくれませんでした。
さすがに4歳児を団地の公園に放り投げて家で仕事するわけにはいかなかったのでしょう。
私は公園で遊んだという記憶がほとんどないのです。

目の届く範囲に私を置いておくには、「仕事場」で遊ばせるしかありません。
仕立て台の下が遊び場…それが母としての選択だったのでしょう。

洋裁の仕事は意外とウルサイのです。
仕事場にしていた団地の居間は、常にミシンの音が聞こえ…って、家庭用の「500針/分」程度の「カチャカチャ」という音のするミシンの話ではなくて、常時モーターが回っていてクラッチを繋ぐ要領で動かす「2,500針/分」オーバーの工業用の話、騒音のレベルが違うのです。
その音は「ウィーン…」というモーターが回転する音の上に、運針の「ガガガガー!!」って音が乗ってくる感じ、さらに母の仕事のお供は「ラジオ」で、聞いているのか分からないけれど常にラジオから歌と言葉が溢れていたハズです。

私には、このころの音の記憶がありません。
聞こえていなかった…ということはないハズです。
恐らく、聞いていなかった

私のお気に入りは図鑑と地図
家にあった学研の学習図鑑は、綴じ代からバラバラになるほど見た記憶があります。

私の聴覚には…「うるさい」という感覚がなかった。
騒音があることが標準だったから?
ボッチ遊びの仕立て台の下で、意味不明の音を排除した?
聴覚過敏の裏側の「鈍麻」ってこれなのか?

いずれにしても「見る」と「聞く」を順調に鍛える環境に、私はいなかったのかも知れません。

旧ブログ アーカイブ 2019/8/25

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