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Episode 437 アシンメトリーなモビールです。
「バランスをとる」という言葉をよく聞きます。
つまり…天秤の左右の釣り合いを取るということなのですが、釣り合わない左右の錘の「釣り合わせ方」はイロイロあると私は思うのです。
軽い方の皿に錘を加えるのか、重い方の皿から錘を外すのか…というあたりが真っ先にに思いつく釣り合わせ方だと思うのですが、そのほかに「支点までの距離を変える」という手もあるんですよね。
モビールをイメージして貰えば分かりやすいでしょうかね。
アシンメトリーを加えることで動きに幅が出る…風に揺れるツバメのモビールとか、爽やかな感じで良いですよね。
でも、アシンメトリーが良いことばかりではないのです。
私は男女の性差によるバランスが、モビールのように感じることがあります。
例えば、男女の雇用機会均等に関して、性別で雇用条件を変えてはいけない…と法律で規定されているワケです。
確かにその部分だけを比べれば機会均等は間違いなく実現されているのでしょう。
でも…現実的な社会生活において雇用機会が平等だと感じている女性がどのくらいいるのでしょうね。
いくら「男女問わず能力で評価しますよ」としたところで「女性の仕事でしょ?」とか言って、暗黙の了解のように家事を押しつけられたら、仕事に割ける絶対的な時間は男性よりも確実に減ってしまいます。
「家の都合で残業は無理…」とか言ってしまったら、「融通が効かない」って言われて、大きな仕事を与えてもらえないかもしれません。
それに引き換え男性は、家事は女性の仕事と言わんばかりに外での仕事は従来通り…。
一見釣り合っているように見えるモビールは、本当に釣り合っているのか…と考えてしまいます。
私には釣り合っているように見えて、女性の方が格段に重い錘をぶら下げられているように見えて仕方ありません。
つまり、これは前回の記事で書いた「スズメの網」のハナシです。
左利きである私は、ハサミや自動改札機などで「ほんの少しの不便」を感じて生きてきました。
そしてこの不便はマジョリティである右利きにはなかなか理解されにくいことなのだという指摘をしました。
この指摘は、そのまま発達障害やLGBTなどの、ありとあらゆるタイプのマイノリティに対しても、マジョリティ側からだけでは理解しにくいと言うことも意味していると私は思っています。
そして、最大勢力のマイノリティこそ女性であると。
女性が「守られるべき存在」としてコミュニティの内側に囲われた理由は、子育てに手間と時間がかかるが故であると私は思っています。
これは人間が二足歩行を始めることで骨盤から後脚のつき方が90°変わって産道が狭くなり、母体内での十分な生育ができなくなって「首も座らない未熟児」でこの世に産まれてこなければならなくなった為…なのだそうです。
前足を「手」として器用に使えるようになったのは、生育に時間を要することと引き換えだったのだ…と、何年か前のNHKスペシャルでやっていたのを覚えています。
「子孫を残す」という生物として最も基本的で重要なことを成し遂げるためには、男性は女性に子どもを預けて食料を獲得しにいかなければならなかった…分業するのは必然だったワケです。
その辺のウンチクはとりあえず….。
全世界的に男性優位であるのはそう言った理由があるからだと私は思っているのですが、これはマイノリティである女性が外に出ようとして網に掛かることで気が付く話なのです…左利きの不便が左利きの当事者にしかわからないようにね。
つまりね、男性だけでは女性の社会的負荷の大きさに気が付かないことなのです。
これはスズメというマジョリティの世界ですら「そうなんだ」という話です。
さてさて、マジョリティの世界に紛れ込んだ白鳥は、あれこれ「スルー」されながらも「帳尻合わせのブラックボックス」を駆使してスズメのコミュニティに寄り添うワケです。
もうお察しのことと思いますが、白鳥の私は男性側から見たスズメの世界を「丸暗記」なのですよ。
男性とはこういうもの、女性とはこういうもの…良くも悪くも裏表なく「物理的に」コミュニティの現実を理解します。
白鳥という典型的な男性ASD型の男性のコミュニティ認識とは、こういう世界観なのだと私は思っています。
アシンメトリーなモビールを、何の不思議も感じずに受け止めてしまう…だって釣り合っているでしょ、物理的に。
これがもたらす「悲劇」がなになのか、と言うとですね…。