息子の少年野球で、未熟者の私が学んだこと⑦

少年野球界において、何か意見を言うと、とても異端児的な目で見られることはないだろうか。
少なくとも私はその世界でそう感じた。
皆保守的で、慣例に倣い過ごす。

何かを変えようとすることはとても労力がいることだと思う。
しかし、それが仕事だとどうだろうか。
必ず社内に敵に回したら厄介な人がいると思う。
私はお金のために頑張る世界なら、別にどう思われようが構わない。
何かアクションを起こすことで、業務がスムーズになるのなら、自分に利益があるのなら、意見を出す。
私の経験上、そうしたことでわかりやすい嫌がらせを受けたことは一度もない。
ほんの少しの間、微妙な空気が流れても、やがて忘れて元に戻る。
日本人特有なのかわからないが、特に女性は周りに合わせることが得意だ。
私は違う。
おかしいと思ったことに同調する方が気持ち悪い。
自分のしたいようにして、それで変人だと思われるならそれで結構だ。
もう嫌われるのにも慣れている。

実は長男は、2つの野球チームに所属していた。

「AHちゃんのお陰でお当番が楽になった」
これは、1つ目のチームを退団した時に、⑤で紹介した人物、優愛に言われた言葉だ。
私はそれをしたことでとても損をしているのだが、他人には全く関係のないことだ。
2つ目のチームでも、ある人があることで追い詰められて相談に乗って良い方向に向かったということがあったのだが、私達がピンチの時は手を差し伸べてはくれなかった。
退団した後に「話を聞いてほしい」と言う人も何人もいた。
その度に時間を割いてはそのようにするのだが、その後のことを知ると、決まって無駄な時間を過ごした気持ちになる。
ではなぜ、そんな人たちに付き合うのかというと、その時の私も、誰かに話を聞いてほしいと思っていたからだと思う。
自分だけではなく、子どもが関わる世界では、同調してくれる仲間が欲しい、周りに合わせることも必要だったのだろうと今では思う。
そして、人は皆、自分の子のことしか考えてないのだなと思った。
「自分の子どもが良ければそれでいい」
そりゃそうだ。
周りに期待してはいけないのだ。

今日、出先で、次男の友達のお母さんに会った。
その方は私と同い年で、そこの息子が長男が最初に在籍したチームで野球をしている。
数ヵ月前、チームのことで相談に乗ったことがあった。
内容は母親同士のいざこざなのだが、相手が私も知っているちょっとした問題児親子だったので、話しが盛り上がった。
話の始まりに、「AHちゃん、まだ〇〇親子と仲良くない?」と探ってきたので、何かあるなとは思ったのだけど(「もちろん仲良くないよ」と答えた)。
まとめると、私と同い年ママが団の勧誘チラシを作ったら、それに注文を付けてきたと。
写真の内容が気に食わなかったようで、わざわざ部外者たちに見せて、よくない意見をもらったと伝えてきたと。
それで同い年ママは苦労して作ったチラシを白紙にし、前年のチラシを配ることにした。
LINEで共有していた団員の写真も削除したと。
そうしたら、問題児ママが慌てて謝罪してきたと。
私が以前から問題児親子の近所での過ごし方を話題にしていたから、話しやすかったのだと思う。
その時は「あんな人だと思わなかった」と怒り心頭だったが、今日会ってその後のことを聞いたら、また仲良くやっているようだった。
それはそれで結構なことだが、あの時の労力を考えると、心がどっと疲れた。
愚痴る人は(時は)、愚痴られる人の身の心配もするべきだなと静かに思った。
そして、大して付き合いのない人間の悩みなんて真剣に聞くもんじゃないと学んだ。
ちなみにその次男の友達は、少年野球を卒団したら、中学でバスケをすると言っているらしい。
おかしいな。
なんで親はこんなに一生懸命なのに、野球を続けないのかな。
親は様々な人を巻き込み、人間関係に揉まれ・・・。
子どもは野球楽しくないのかな。
そんなことを思った今日だった。

余談だが、私の母は、「変な人」と言われたいそう。
「普通はいやだ」とよく言っていた。
それに、芸能人の不祥事についても「芸術家は変な人だから良い作品が作れるんだ。普通の人と一緒にしてはいけない」的なことも言っていた。
そういえば、ドラマ白い巨塔で財前教授が「人の内臓を切ったり貼ったりしているんだ。普通(←ここ曖昧)なわけないだろう」というようなことを言っていたような・・・。
好きなセリフですが忘れました(^_^;)
脱線しました。


息子の少年野球で、未熟者の私が学んだこと⑧|AH (note.com)


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