あやとり家族四十六〜私の入院で入った保険金は母のもの〜
一人暮らしをするためにお金を貯め始めた頃、彼氏ができた
同じ高校の一つ下の大学生
彼はJリーグからスカウトがくる逸材だった
しかし、丁度同じタイミングで大怪我を負ってしまいその話が流れた
仕方なく大学へ進学し競技を続けていた
人懐っこい人でとても可愛かった
試合になると人が変わったようにかっこよく見える
”仕事も恋も順調”とよく言うけれど
まさにその状態
社会人と大学生の付き合いでは、どうしても社会人の私の方がお金を持っている
だから、彼の家に行くときは必ずビールやおつまみを買って行っていた
”人のためならお金が使える”
当時からこの感覚を持ち合わせていたことに、後に気が付く
夫婦喧嘩でお金のことばかり聞いていた私
自分が我慢したり努力すれば、みんなお金に困らない
小さい頃から植え付けられたものは、そう簡単には直らない
順調に生活できていた矢先、急遽入院する
ずっと首が痛かった
おかしいなっと思いながらも仕事して
だけどだんだん首が動かなくなっていく
そのうち高熱が出始め二日経っても三日経っても、一向に下がらない
そのうちトイレに行くのも這いつくばって行かなければいけない状態になった
自分でも怖くなって、リビング横の和室に床を移動させた
声を出すこともままならず、家にあった鈴を手に持ち、用があるときはそれを鳴らした
兄からは「そんなことで呼ぶなよ」「うっせーな」と言われ
頼んでもやってくれないことから、兄の友達がトイレまで連れて行ってくれたこともあった
他の家族も、来るたびに面倒臭そうにしているのが読み取れる
「大袈裟なんだよ、ももは」家族のみんなが食卓で話しているのが聞こえる
”死ぬ時でも最期まで耳は聞こえている”って言うのは本当なんだな
っと実感した
”わざと具合の悪いふりをしている”と思われていた
小さい頃からみんな都合よく私を使って
愚痴をずっと聞いていたよ、お母さん
自分のこと言わないで我慢も努力もしていたんだよ
ばーちゃんがすずちゃんのことばっかり可愛がって育てるから
私はすずちゃんに逆らえないし、いつも優先させてあげてたんだよ
いつも家族のこと考えて明るく振る舞ってきたんだよ
自分が我慢して表現できなかった分、具合の悪い時くらいかまって欲しかった
と言う気持ちはあった
誰も助けてはくれない
お父さんが癌になった時はみんなで協力して助けていたのに
私は家族ではないのかと考えるくらい放置されていた
こんな状態が一週間ほど続く
母から「そこで寝られると邪魔だから自分の部屋に戻ってちょうだい」
と言われ這いつくばって部屋のベットに戻る
その頃には目を開けていることすら辛く、鈴も取り上げられただ寝ているだけ
水分を取ることすらだるくてできない
「ももちゃん何食べたい?」
突然すずちゃんに聞かれた
「お、お、お、おか、ゆ」
喋ることもままならない
すずちゃんが「待っててね、おかゆ作ってくるからね」
と言って部屋を出ていった
「おかゆ」と言った私
実際には「おこゆ」とやっと発語していたらしい
すずちゃんは部屋を出た後、真っ先に母のところに行って
「ももちゃん、おかしい。呂律が回ってない。早く病院に連れて行かないと」
と煽った
そこでやっと私の重病さに気がついた
すぐさま病院に行きそのまま入院
病名は「髄膜炎」
老人や子どもだったら容易に死んでしまう病気だ
入院し回復に向かっていた頃
「ももちゃん、ももちゃんの生命保険あるでしょ?」と母が言う
父が亡くなった時に、兄妹みんなで生命保険に加入させられた
何かあった時に困らないようにと
「毎月保険代を払うのは大変だろうから、あなたたちが自立するまでは
お母さんが払っておくからね」
そうだった、もう2週間近く入院しているから1日1万円としても
14万円はかかる。
当時のお給料はひと月13万円程度。とてもじゃないけど支払えない
助かったと思った
でも母は予想外のことを言ってきた
「ももちゃんの入院で下りる保険金はお母さんがもらうから」
「当たり前でしょ、保険代は私が払っているんだから」
「この書類が保険下りるのに必要だから、先生が来たら渡しておいてね」
そうして書類をベット脇の床頭台の引き出しにしまって帰っていった
この話を全く不思議に思わなかった私
お母さんがお金を払っているんだから
お母さんがお金をもらうのは当然と思っていた
お兄ちゃんがお見舞いに来た時に、この話をしたら
「おかしいよ」って言われた
退院後、兄は私の目の前で母にこう伝えた
「ももの保険金お袋が貰うんでしょ?それっておかしいよ」
「ももが入院しなければ下りないお金だし、もものための保険だろ」って
それでも母は不服そうだった
私は会社に来ていた郵便屋さんの勧めで養老保険に入っていた
相談したところ入院費も賄える契約になっていて
自分で全て支払えることを確認した
お兄ちゃんはずっとおかしいって言っていたけれど
そういう考え方の母に何を言っても無駄だし
母とお金のことで揉めたくなかった
お金のことで喧嘩をしている父と母のやりとりが 頭の中で繰り返されていく
もううんざりだ
結局入院費は自分で払い
保険金は母の手元に
これでいいんだ
こういう母なんだから
こうしてお金に対する価値観や考え方がわからないまま
過ごすことになる