じーちゃん
発達障害、アダルトチルドレンとして育った成長過程をまとめています 2−3日に一度投稿しています 同じような境遇で育った方、自分も同じようなことをされたなーっと 一人ではないことを共有できればと思います
自分ができるまで 父と母が喧嘩をしている時に母が言った。「この子は私の子です!」 父は言った。「俺の子だ!だって俺のところから出たものがお母さんのところに入ってできたんだから俺の子どもだろう」 この後、二人で大爆笑していたっけ。 こんな会話を小学校に入る前の子どもに聞かせる自分勝手な親たち。 今になれば意味はわかるが当時は分からなかった。 なんで喧嘩していたのに急に爆笑しだしたのかも。 私の実家はモーテルを経営していてその敷地内に家があった。 モーテルに向かう道を挟んで本
3週間ぶりの投稿 色々な悩みを抱えている人、恨みつらみ、後悔 人それぞれ色々あると思います 何をしていたかというと、自分との対話 私は自分の限界を知らない、わからない だから、体調崩す時は仕事中に倒れて入院とかいう結末になる これも何回も繰り返していて本当に自分のことわからないんだなって思っていたけど 自分のこと知らないだけなんだと、知ろうとしないというか自分のことを大事にしていないっていう結論に達した だから今回も自分の日常生活が送れなくなるまで、仕事が手につかなるま
逃げていただけ 思い返せば、何かあるたびに直視するのが怖くて逃げてきたということに気がついた。目の前の問題を自分の力で解決しようとせず、他人に愚痴ったり、聞いて欲しいだけで連日のように電話をかけ聞いてもらって自己満足。理解してくれる人探しの旅だった 逃げ癖がついていたことに気がついた、今更だけど。 もう大人なのに今頃気づいた 理由づけはいくらでもできる 言い訳だったらいくらでもでる。ADHDだからとか発達障害だからとか共依存もあってアダルトチルドレンで育ってとか でも
楽しかった思い出も過去の記憶を掘り起こして、今実感しているだけ あの時こうしていれば、ああしていたらと思ってももう遅いし、 もし違う方を選択しても後悔する結果になっていることってあると思う 今は自分の選択が間違ったものになっているのか正解になっているのか 正直わからない 事が全て終わった時にわかること それでもタラレバはきっと現れる 生きるってそういう事なのかな、選んだ選択に自信を持てればそんなことはないと思うけれど、明らかなことではない限りついてまわる 特に人間関係の問
わかっていてもできないのよ これが私の言い訳、いつもこうして物事を回避してしまう 立ち向かって事実と向き合って、解決していけば先が開ける可能性があっても 自分を犠牲にして苦しい方がまだ楽と思う方に行ってしまう そうなってくると体にも不調が出て、メンタル的にも参ってきて そこで初めて自分の状況に気がついて、これはやらなければいけないことなんだって気づく 自分の変化に気がつけるのって自分しかいないのに、そこの機能まで自分で回避してしまっているのではないかと思う 間違った
色々あるけど、後から考えたら長い人生のたかが何日かにすぎないことなんだから っと心を入れ替えることにしました 毎日嫌な記憶は消えないし、思い出すし、思い出すたびに涙が出てくるし それを止めることができなくて仕事中にも泣いたりしているし 記憶に耐えきれず、怒りとなって物に当たったり自分に当たったりして深入りしてしまうことも日常だけど、それが今の自分であって受け入れていくしかない 主治医が言っていた「あなたの周りには助けてくれる人がたくさんいるんだから頼りなさい」って 「ご
もやもやでいっぱいの時の対処法 こういう時は現実逃避に限る。最近はラベリングという方法を学んで、つい考えてしまう反芻思考に対してラベリングして、”あっ、考えてる”って気づいたら違うことをする。一番いいのは散歩。 散歩中だって考えてしまうけど、そういう時は歩数を数えることにしている 1、2、って歩いてみたり色々と工夫するようにしている それでもついてまわるもやもやはしょうがないことって諦めてただひたすら歩く 最近発見したのは、後ろ向きで歩くこと。これは効果的面。 危なくて他の
最近の私 経腸栄養でどうにかカロリーをとり、食べられそうな物を片っ端から食べて 量は少ないが、胃がん患者のオペ後の食事のように何回も分けて、どうにか体力がおいついてきた 友達から「甘酒は飲む点滴なんだよ」と聞いて毎日豆乳と割って飲むようにしている。これも氷を3つ入れると余計にうまい ある夜のこと なかなか眠れないので、西洋医学の薬、睡眠薬を飲んだ。眠気が来るまで待っている中、東洋医学でいう”ツボ”に手を当てる。この時は丹田というツボに右手3本の指を添え、その上に左手の
過去の記憶ってこんなものだったのかな もっと色々とあるはずなのに 日々忘れていったり、急に思い出してみたり 感情や考えをうまく表現できる人たちって自分を客観視できているのだと思う 私の場合、これを伝えたいと思っていても途中から話がいくつも脱線していく回路で、自分でも”あれっ?”って思うのだけれど、それも特性 これを書いているのは土曜日、いつもなら空いている道もお盆と夏休みと重なってきっと混むんだろうなと思いながら、いつもより遅く家を出ようとしている こんな時代に栄養失調
自分がどうしたいのかって自分でわかるものだし、自分で決めていいものだと思う だけど、それができない 他人軸で生きてきた結果がこういうことなんだ ではどうやって自分軸で生きていくのか 色々調べたり、発信している人たちの動画を見漁っては、インプットばかりになって、あれもこれもと情報ばかり入り込んでくるから余計に彷徨う あの人はこう言ってたけど、この人はこう言っている 真逆の意見だったりして、一体どっちを信用すれば良いのだろう と本来の軸ともずれてくる ”自分らしく”とよく
家に帰ると玄関に白いビニール袋がぶら下がっていた かなり重いのかドアノブにやっと引っかかっている 恐る恐る中身を見るとお米が入ったいた 取り合えず、このままにはしておけないので家の中に入れた するとすぐに兄から連絡が入った 「お袋からお米預かったから玄関のところに置いておいた」 ここで疑問が一つある 兄には私の住所を教えていない。どうやって知ったのか。 考えられるのは二つ ・母から住所を聞いた ・母と一緒に来た どちらにしろ気持ち悪い ”親しき中にも礼儀あり”と言う言葉
連絡拒否した矢先に母が入院 先生から、母との連絡を断つように言われすぐさまLINEをブロックした 勇気のいる作業だったが、思い出せば出すほど、これをやらないと ”自分はこの先一生、母のおもちゃにされて生きていくことになる”と思って意を決した 本当に私は色々な意味でついている人間で ついているの意味が”ラッキー”ではない方、持っているっていうのが正しいのか ブロックした翌日に母が体調不良となり入院したと後で聞いた 兄は面会にも行かず、双子の姉が面倒をみていたらしい いつも
女性の職場の怖いところ 派遣の仕事を始めて1年ほど経った頃、みんな慣れ始めてくるから 女性特有の”あれ”が始まる それは”悪口”と”いじめ”だ それもあからさまにやるものだから、一緒に働くのも嫌になってくる 見ているのが嫌なんだ こういうときの問題って大体”どうでもいいこと”出会って、個々の価値観や正義感にそぐわないと始まると思っている。それは立場的に弱い(自己主張できなそうな人)に向けられる傾向にあるし、いじめる側は強い人たち。この辺は子供と変わらないんだなと思う。 た
順調順調、刺激的な生活に満足 週3パート、週2派遣の仕事で忙しかったけど充実していた 派遣の友達からは美容のことや、お金になる話、美味しいお店がある 痩せるにはこの運動がいいとか、ありとあらゆる情報を交換しまくった 都会から来ている人ばかりだったから、田舎者の一人暮らしの私にとっては 刺激があった 普段働いているパート先は全員男で女は私一人 派遣先は全員女で女子校のようだった 派遣の仕事はお給料がとてもよくパートと合わせて結構な額を稼ぐことができた 順調だったのも束の間
飽きてきた生活 一人旅に行く元気はあるが、お金がない ローンの返済は早くしたい 持て余している週4日をどう使っていくか考え始めた 私が今できることってなんだろう 海外から帰ってきて1年も経っていない 慣れ親しんだ場所から突然の引っ越し からのまた引っ越しで 環境に馴染むまでも時間がかかっていた、もう全てがストレスだった 考え抜いた末に見つけたもの 何かをしよう、時間潰しでできること どうせやるなら、お金を稼いだほうがいい っという結論に達した すぐにアルバイトを探す 家
一人暮らしの準備 住まい探しを始めた。とはいえ借りるお金すら持っていない。 礼金がないところ、どこに住んで良いかもわからない 果たして借りることはできるのかの不安。 住むところなんてどこでも良かった 取り合えず安いところを探し当て、内観しにいく 思ったら行動は早い 同時進行 この間にもまだ、無視され続けながら一緒に住んでいる状態 必要時以外は部屋から出ない トイレはギリギリまで我慢して、人がいない時を狙ってトイレへ行く お風呂も家では入らず、銭湯に行った ご飯は自分で