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絵のトラウマがあった私が画家になった


私は画家です

私は画家として絵を描いています。あるアクリル画のイベントに参加し、その日から画家として活動を始めて、5年と半年です。

こんな絵を描いています。

スコットライオン
パパリン一世
幸せの使者
共にいきる



主に生き物をモチーフに
私の感じる「幸せ」を描いています。

絵は私の感性100%

私は絵を描く事がとっても大好きです。そして、私にとって絵を描く事は、自分の感性をありのまま自由に表現出来る大切なものです。

こんな私ですが、この「絵を描く」という事は5年前までずっと、
避けたり誤魔化して過ごしてきました。

何故なら私は
画家になると決めたあの日まで
絵を描く事が大嫌いだったからです。

自信を失った評価


絵を描く事が大嫌いだったのは
勿論、生まれつきではありません。

小さな頃の私は、絵を描く事がとっても好きでした。それは自分でも記憶があるし、親が保管してくれていた私の描いた絵は、小さい頃のものが山ほどあり、とっても自信に満ち溢れ、楽しそうな私を感じられました。

それが小学生になり、自分の描いた絵を評価される事で、じわじわと自信を失い、9歳の頃には絵を見られる事が怖さみたいなものになっていました。
そこから40代後半まで、絵を描く機会があると、ずっと何か分からない複雑で恥ずかしさからくる拒絶感のようなものに襲われ避けるばかり。仕事で「それ、ちょっと絵で書いて説明して」などと言われるだけで困惑して狼狽えるというようなあんばいでございました。

私の感性を認めてくれた息子達

そんな私も子育て中、息子達と一緒に絵を描くという事はよくしていました。今、思えば恥ずかしさがありながらも楽しく描けたのは、息子達は、私の絵を何かと比べてジャッジしたり絶対しなかった。
彼らはそんな事を問題にはしていなくて、私と絵を一緒に描く事を楽しんで、私と遊ぶ時間を喜んでくれてる。
お母さん上手!描いてくれてありがとうといつも喜びだけを伝えてくれました。

息子達は、私の感性を100%認めてくれていたから、私はこの時間を幸せな時間だったと思えているんだと思い、この経験があったから、運命の日となるアクリル画のイベントに参加する機会がやって来た時、私は行動出来たんだと感じています。

そしてここに至るまで、私の中にある絵に対する拒絶感が「トラウマ」だったという事に気付かずにいたのですが、そもそも、トラウマ自体をよく分かっていなかったな〜と感じます。

調べると、トラウマは『傷』と言う意味。

絵はその人そのものが表れます。

その人の感性は、唯一無二のものです。

感性とは個性です。

とってもとっても大切なものです❣️
誰にも評価なんて出来ない。

歌も、踊りも
この身体から溢れ出る表現は、評価なんか出来ない。

小さな頃大好きだった事が、大嫌いになり、40年後解消する機会が訪れ、大好きを取り戻し画家になっちゃったあの日の体験の事も、また書いて行きます。

今日はこの辺で…❣️

読んで下さりありがとうございます✨



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