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私の推し面⑤【當山淳司 先生】

宝生能楽師が憧れているあの面、
思い入れのあるあの面…
そんな「推し面(めん)」を月に1回ご紹介していきます。
 
第5回目は6月の五雲能で「氷室」を勤める
當山淳司(とうやまじゅんじ)先生。


――淳司先生にとっての「推し面」を教えてください。
「景清(かげきよ)」「弱法師(よろぼし)」という曲の専用面で、どちらも盲目の面です。人間の目は自由に動かせるので視界が広いですが、面をかけると小さい穴しか開いていないので、どうしても視界が狭くなってしまいます。

左:「景清」、右:「弱法師」

実は僕は結構怖がりでして、暗いところが得意じゃないんです。面をかけても動けるように稽古はしていますが、極力、視界がある方がよくて。
面の裏を見るとよく分かるんですが、盲目の面は切り抜かれている目の隙間が大きいんです。縦より、横幅が広いんです。その分、横の視野が広がるので、非常に舞台が見やすくなります。
盲目の役だけれど、役者にとっては舞台が見やすいという反対の要素が僕は面白いと思い、この2面を選びました。

「景清」裏
「弱法師」裏

「景清」も「弱法師」も曲の位(レベル)が高く、若手ができる曲ではありませんので、僕はこの2面を舞台上でかけたことはまだありません。

「姥(うば)」というおばあさんを模した面がありまして、姥は目が見えない役ではないのですが、人間は年を取っていくと目じりが下がってくるので、姥の面も目が横長に広くなっています。
姥の面を僕はかけたことがあって、とても舞台を見やすかったのが印象的でした。


――「景清」には口と顎にひげがありますね。
おじいちゃんの面になると実際に毛をつけているものもありますし、毛を描いている面もあります。ちなみにこの毛は馬の尻尾の毛です。

「景清」

――「景清」はどのような役柄ですか。
悪七兵衛景清という義経と戦った平家の侍です。諸説ありますが、源平合戦で平家が敗れ源氏の世の中になってしまったので、景清はもう源氏の世は見たくないと言って、自ら目を潰したと言われています。「景清」の面を見ると、景清はこんなにおじいちゃんになっていますから、源平合戦のもっと後の話になります。

景清が落ちぶれて、盲目で自分一人では歩けない中、景清の娘が父を尋ねに行くというのが能「景清」のお話です。

――「景清」で思い出に残っているエピソードを教えてください。
12月のインタビューでもお話しましたが、「景清」は父と一緒にやったことのある曲でして、そのとき僕は人丸という娘の役でした。位の高い曲なので、「景清」のツレを勤めることもこの年齢ではあまりないのですが、「當山能の会」という私の家の自演会で勤めさせていただいたので、とても思い入れがありますね。


――「弱法師」はどのような役柄ですか。

高安通俊という人が天王寺に行き、そこで弱法師と呼ばれる盲目の子どもに出会います。その子どもが実は俊徳丸という自分の子どもで、親子の再会が描かれています。
盲目の人物が登場する作品には、「蝉丸」というのもあります。能では姉の逆髪がシテで、蝉丸はツレになります。

「弱法師」

能楽には盲杖(めくらつえ)という盲目の役が持つ杖がありまして、座ったときに杖を取る場面があります。僕は盲目の役をやったことがないので、持ったことはありませんが、能では目が見えない人が手探りで探しながら杖を取るような表現をせず、自然にすっと取れるようにします。

置いたものを取るときに能面をかけていると、ものが見えないときもあるんです。取れなくてあたふたしてしまうと、観ている人の夢を壊してしまいますので注意が必要です。

――次に、6月五雲能の「氷室」で使う面のご紹介をお願いします。
「氷室」の後シテで使う「中癋見(ちゅうべしみ)」という名前の面です。
癋見(べしみ)には、大癋見(おおべしみ)、中癋見、小癋見(こべしみ)の3種類があります。家元にお聞きしたところ、小癋見の神様が小物というわけではないんだけれども、中癋見は小癋見よりも位が高いというか落ち着いた神様というか。

本来、氷室明神では小癋見を使いますが、今回の五雲能では中癋見を選んでいただきました。

「中癋見」

癋見は目が大きいのが特徴的ですね。鼻の穴も随分開いているので、面をかけると鼻の穴からもよく見えます。

「中癋見」裏


――今回の五雲能では「氷室」を勤められますが、どのような曲ですか。

「氷室」とは、昔は冷蔵庫がなかったため、冬にできた氷を夏まで保管しておく部屋のことです。

丹後の国から氷を天皇に献上するにあたって、天皇の臣下が氷室神社に立ち寄ると、おじいさんが出てきます。そのおじいさんは氷室明神の化身であって、自分は氷室の神様だと正体を明かします。後半になると本来の姿で出てきて、舞を見せ、氷の大切さを教えるというお話です。

前半のおじいさんの姿のときに、柄振(えぶり)という道具で雪をかき集めて氷の部屋に入れるのを表現します。かき集める動作を型としてやらなければいけないので、扱いが難しいんですよね。
今、絶賛、稽古中です。この柄のつなぎ目も繊細なので、雑に扱うと折れてしまいます。

氷室は普段あまり使わない道具を使う曲なので、今から緊張しています(笑)。

柄振

能で一番使うのは扇ですので、特殊なもの、例えば釣り竿や弓矢などを使うときの稽古が本当に大変です。長刀や太刀も扱い方が難しいですね。


――役をいただいてどのような印象をお持ちになりましたか。
僕はあまり「この曲だから嬉しい」とか「嫌だ」とかあまり感じることはなく、どの役もやるしかないなと思っています。その曲を勉強していくにつれて、これは大変だと毎回思っています。


――「氷室」の難しさはどのようなところですか。

「氷室」では舞働(まいばたらき)という舞がありますが、舞働は、龍神が舞うような激しくテンポの速い舞なんです。舞働は速く舞うものだけれど、「氷室」の舞働は速くなりすぎてはいけないし、ゆっくりすぎてもいけない。ちょうどいい速さ・重さが難しいです。


――6月五雲能の「祇王」と「船橋」はどのような曲ですか。
「祇王」には相舞がありまして、シテとツレの二人が一緒に舞います。もちろん両者とも面をかけて舞いますので、プロはすごいなと感じていただけるのではと思います。本当はしっかり見えているんじゃないかと思えるくらい動きが揃うのが相舞ですが、実際は能面をかけて周りは見えていないので、そこが見どころです。

「船橋」は6月五雲能の中で一番動きが多いので、若い方には「船橋」が面白いと思います。
「祇王」は玄人向けかもしれないですね。

「氷室」は後半は動きそうな恰好をしていて、動きの多い型もありますが、軽い曲ではないな、しっかりした舞なんだなと思ってくださる方がいたら嬉しいですね。


――最後に読者の皆様に向けてメッセージをお願いします。
最近、インタビューとか、そういう企画が増えていくことが僕は正直言うと大変だと思う方なんです。あまりしゃべりがうまくないので。ただ、そのような機会が増えてきて、お客様がもっと能を観やすくなっているんだろうなと感じています。

僕の友達もそうなんですが、能を観に行くというのが、どういう恰好で行けば良いか、髪はセットしないといけないのかとか、いろいろハードルが高いと思う人たちが多くて。決して品格が低いわけではないと思いますので、パジャマやジャージで来られるのは困りますが(笑)。能楽というものを敬遠せず、能楽堂に観に来たらこういう感じなんだなと一度体験していただけたらいいなと思います。

こういうインタビューって、舞台より緊張します。緊張のベクトルは違いますけど。できればあまりやりたくない…(笑)。

スタッフ:淳司先生、苦手なのにインタビューを受けていただきありがとうございます!(笑)
またぜひお話を伺いたいと思います。


日時: 5月26日(木)、インタビュー場所: 宝生能楽堂楽屋、撮影場所: 宝生能楽堂楽屋、6月五雲能に向けて。


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〈當山淳司 Toyama Junji〉
シテ方宝生流能楽師
昭和57(1982)年、東京都生まれ。
當山孝道(シテ方宝生流)の長男。1987年入門。
19代宗家宝生英照、20代宗家宝生和英に師事。
初舞台「鞍馬天狗」花見(1987年)。
初シテ「花月」(2008年)。「石橋」(2017年)、「道成寺」(2018年)を披演。


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