私の推し面⑥【葛野りさ 先生】
宝生能楽師が憧れているあの面、
思い入れのあるあの面…
そんな「推し面(めん)」を月に1回ご紹介していきます。
第6回目は7月、夏の女流能で「箙」を勤める
葛野りさ(かどのりさ)先生。
――りさ先生にとっての「推し面」を教えてください。
面は男性も使いますし、私のように身長の低い女性でも使いますよね。サイズがそれぞれ1つしかないので、私の場合、面をつけるときに使う「あて」(面の位置を調節するためのクッション)をつけるのに今まですごく苦労していました。長いときで30分くらいかかったこともあります。
やはり顔の大きさも男性と比べたら少し小さいので、ちょうどよくするのがすごく難しいです。
DVDで自分の舞台を確認すると、やっぱりちょっと面の位置が悪かったなと思うばかりでした。
しかし、2020年の7月に「半蔀」という曲を勤めたときに、この「増(ぞう)」という面を使わせていただいたのですが、そのときは時間をかけずに面をつけることができたんです。
この面袋にも「小」と書いてある通り、普通の増と比べると少し小さいんですよね。私みたいな体型の人でも舞台上で様になっているように見えやすくなります。
今回、この「推し面」の取材のお話をいただいた際に、たぶん男性はこの面を絶対に選ばないなと思ったんですよ(笑)。私じゃないと選ばないなと思ったので、これを選びました。
他の取材を受けた先輩方もおっしゃっていました通り、すべてが大事な面なので、推している面一つを選べと言われても考えられないぞって思いましたが、「思い入れのある面」を選ぶということでしたら、確かにこの「増」だなと。
――今まで「増」の面を使った公演の中で、先生が感動したエピソードを教えてください。
私がまだ楽屋にすら入っておらず、大学での勉強も始めたばかりの何も知らない頃に、「節木増」(※)にはなりますが、その面を使った「熊野」という曲を見所で拝見して、「なんて綺麗なんだろう」と思いました。見終わった後に夢心地だった事をよく覚えています。
能は、何の知識もなくあまり能を見たことが無い人間でもそう思わせる事ができるんだとその時に感じました。
※節木増についてはこちら
――7月夏の女流能の「箙(えびら)」で使う面のご紹介をお願いします。
「平太(へいだ)」という面になります。今回の女流能でこちらの面を使うかは分かりませんが、普段、五雲能などで使っている面になりますので、宝生会ではこの平太を一番目にする機会が多いかなと思います。
「箙」は、修羅物という武将の曲です。修羅物の中には勝修羅と呼ばれるものがありまして「八島」「田村」「箙」の3曲があります。負修羅ですと、「中将」や「十六」など、もう少し公達らしい顔をした面を使います。平家の武将のお上品な顔立ちに比べると平太は勇ましい印象がしますね。
「平太」にもいろいろな種類がありまして、この面より少し赤くないものもあります。
――夏の女流能では「箙」を勤められますが、どのような曲ですか。
「箙」は源平合戦のお話で、源氏の武将、梶原源太景李(かじわらのげんだかげすえ)という人がシテの曲です。一ノ谷の合戦のあったときは、ちょうど梅の盛りの時期で、すごく綺麗な梅が咲いていたため、景李はそれを一枝手折って、箙という弓矢の矢を入れる入れ物に刺し、それを笠印(敵味方の識別のための目印)として戦ったとされています。
「箙」では、僧が一ノ谷に来たときに、男が現れて、実はその男は景李の化身だったと分かります。その夜、僧が景李を待っていると景李が本来の姿で僧の前に現れ、死後の修羅道の有様や、一の谷の合戦を見せるようにして、気がついたら朝になって消えていたというお話になっています。
――梅を使う景李には雅さを感じますね。
そうなんです。まさに謡にも「もとよりみやびたる若武者に」という文句があります。
多くの負修羅の場合は苦しんでいる様子を語ることが多いですが、勝修羅はむしろ修羅の世界で戦っていることに対して前向きな気持ちがするといいますか。もちろん、修羅道に落ちて苦しんでいるはずですが、この「箙」の景李に関しては、どちらかというと華やかで勇ましさがあるので、私の中ではポジティブな武将のイメージです。
――役をいただいてどのような印象をお持ちになりましたか。
正直、びっくりしました。というのも、前半が直面(面をつけず素顔のまま)なので。女流能で直面の曲は今まであまり出ていなかったんです。このお役を勤めることを知ったときには「私が箙?本当にいいんですか?」って思いました。
お役をいただいたので精一杯勤めます。
――女流能の見どころは何ですか。
今回、私も勤めさせていただく夏の女流能は五番立(※)に近いんですよね。全体的にバランスが良いように思います。「養老」はすっきりとした脇能で、修羅物の「箙」、女性をシテとする「吉野静」はきれいな曲ですし、一番最後の「殺生石」には狐の妖怪が登場します。
定例会の中でも能が4曲あるのは夏の女流能だけなんです。狂言も2曲ありますし、盛りだくさんな日になります。
※五番立とは
――先生が能楽師になったきっかけを教えてください。
私は富山県出身なのですが、私が子どものころ、子ども向けの能の教室をやっていらっしゃる先生がいて、能を習い事の一つとして始めたのがそもそものきっかけです。そこからご縁があり、大学で勉強しようかという話になりました。
北陸は宝生流が盛んなので、私以外にも子どもで能を習っている人が結構いた場所でした。友達のおばあちゃんもやっていたり。他の地域と比べたら素人でも習い事の一つとして選択しやすい土地柄だったのかなと思いますね。
また、私は中学生の頃に音楽の授業で「船弁慶」のDVDを見たこともありました。金沢では授業の一環として中学生が必ず能を見る機会があるそうです。
学校や自治体によりますが、私の場合は子どもの頃から身近に感じやすい環境だったんじゃないかなと思います。
――最後に読者の皆様に向けてメッセージをお願いします。
今回初めて「自分の思い入れのある面」についてじっくり考えました。そして改めて、過去にシテを勤めた時にその当時自分の中でどのような気持ちを持って舞台にたったか、そして舞台後には反省点を今後はどう活かすべきか、など一つ一つを思い返すいい機会になりました。
今回頂戴した「箙」のお役もそれを活かせるようにと稽古しております。自分なりに精一杯勤めますので、ぜひ能楽堂にいらしてくださいね。
日時: 6月14日(火)、インタビュー場所: 宝生能楽堂稽古舞台、撮影場所: 宝生能楽堂稽古舞台、7月夏の女流能に向けて。
✨7月公演のチケットについてはこちら✨
〈葛野りさ Kadono Risa〉
シテ方宝生流能楽師
平成元(1989)年、富山県生まれ。2011年入門。20代宗家宝生和英に師事。初舞台「清経」ツレ(2012年)。初シテ「田村」(2017年)。
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