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『経営の力と伴走支援~「対話と傾聴」が組織を変える~』(角野然生) | きのう、なに読んだ?

『経営の力と伴走支援~「対話と傾聴」が組織を変える~』は、中小企業庁長官を務めた角野然生氏が、自身の福島の復興支援の現場で培った経験を基に、対話と傾聴を通じた「伴走支援」という手法を解説した一冊です。最大の特徴は、単に経営課題の「解決策」を提示するのではなく、中小企業の経営者自身が課題の本質に気づき、主体的に変革を起こすための「プロセス」を支援する、それには対話と傾聴が鍵だった、という点にあります。


現場で発見された「伴走支援」

著者は、東日本大震災後の福島での復興支援を通じて、官民合同チームの活動を主導しながら、いわば手探りのなかで“伴走支援”という考え方を見いだしていきます。最初は経営支援の素人集団だった彼らが、被災地の経営者に寄り添い、ある意味では他にできることもなかったために徹底的に「聴く」ことを続けた。その結果、経営者の中に前向きな変化や気づきが生まれる瞬間を目の当たりにしてきた――。「組織開発やプロセス・コンサルテーションという言葉を知らなかった私たちが、自ら現場で伴走支援を発見」したという言葉から、試行錯誤を経て血の通ったリアリティと身体知化された知見があると感じました。

中でも「第2章 対話と傾聴」は、伴走支援の中核をなす要素として重視していることがよく分かる内容でした。また、エールの事業を通して見聞きし考えていることと多くの重なりがありました。例として引用しますと:

根底には、組織内における対話の不足、さらに言えば、経営者自身が対話と傾聴の経験を持っていないという実態があると思われます。
過去に自身の話が傾聴されたことによって自己変革できた経験を持つ経営者は、今度は、自身が進んで傾聴する側に回っていきます。
このようにして、「対話と傾聴」は人々に伝播していくものなのです。

p.77

私も「聴いてもらった経験がないと、人の話を聴くことはできない」と講演取材でお伝えしてきましたので、我が意を得たりとの思いです。

さらに、支援者であるコンサルタントが聴くことで「クライアントが自分自身で考え、自分の判断で今に至ったのだと信じている状態が最も当事者意識を発揮した状態」になるのが最高だ、それは「ミヒャエル・エンデの有名な物語の主人公モモのような存在かもしれません。」と角野さんは書いています。思わず、気が合うにも程がある…と笑ってしまいました。(面識もない角野さんに対して、すみません!)モモについては私もnote取材、音声コンテンツVOOX で、素晴らしい聴き手のお手本だと申し上げてきたからです。

2章の内容から私が大事と感じたポイントを列挙しておきます。「企業変革のジレンマ」(宇田川元一)にも通じる内容です。

  • 「対話と傾聴」は単なるコミュニケーションスキルではなく、経営の本質に関わる重要な要素であり、組織の潜在能力を引き出し、変革を促すための強力なツール。

  • 「対話と傾聴」を通じて、経営者の内省を促し、自身にとっての本質的な課題を言語化することを支援。

  • 伴走支援は、経営者と支援者の対等なパートナーシップの下での双方向のやり取り、相互作用と捉えるべき。

  • 支援者は、相手を否定せずに「聴く」ことで、経営者の思いを具体化し、表出させる。小手先の技術よりも傾聴の姿勢と誠意が大切。

  • 単に聞き役に徹するだけでなく、経営者の話を整理・要約し、別の事例を参考にしながら、より抽象的なレベルでフィードバックすることも重要。この「具体と抽象の往来」が、経営者自身の内省を深め、新たな自己発見につながる。

  • 対話と傾聴を通じて、経営者は「自分にも原因の一端があるかもしれない」「自分自身が変わらなければならない」という気づきを得ることができる。

  • 丁寧に話を聞くことで、経営者自身が過去の経験から自己変革できた体験を持つ場合、今度は自ら傾聴する側に回る。


適応課題に適した「対話と傾聴」

「傾聴と対話」が中小企業の経営者を支援するのになぜ有効なのか。角野さんは、ハイフェッツとシャインを参照し、課題と支援の関係を次のように整理しています。

『経営の力と伴走支援~「対話と傾聴」が組織を変える~』に基づき、篠田真貴子作成

さらに、「経営者にとっては、適応課題となかなか向き合えない様々な壁がある」として、それを5つに整理しています。そのため、第三者が対話と傾聴を通じたプロセス・コンサルテーションによって経営者を支援する必要があるのです。

経営力再構築 伴走支援 ガイドライン_中小企業基盤整備機構 p.14

角野さんは、行政官として役割を変えながら一貫して伴走支援を型化し広げることに尽力してこられました。それは、伴走支援には「ミクロとマクロがつながる」という意義があるからです。これまでの政策の中心である制度や補助金などは、演繹的アプローチであり、技術的問題に対して外発的動機づけをするものでした。しかし、これからの日本においては、それだけでは限界があります。伴走支援は、適応課題に対して内発的な動機づけを促す帰納的アプローチであるところに価値がある、と。個々の企業レベルで経営者が内発的動機づけを得て変革し、その積み重ねが産業構造の転換やマクロ経済の成長にもつながっていく、という展望です。

まとめ

本書には、ここで取り上げたポイントの他にも、組織開発・事業承継・地域再生など、多様な文脈で示唆がありました。「対話と傾聴」「人の内発的な動機づけを重視するアプローチ」が一貫しており、エールの思想とも通じるので首肯するところが多かったです。

角野さんの成果はこちらにまとまっています。

「傾聴」というとコミュニケーションの手法の一つと狭く捉えられることもあるのですが、角野さんは「経営の本質に関わる重要な要素」であるとし、それを日本の中小企業、そして日本全体の課題を解消していく土台に位置付けています。私は、「聴く」ことが組織のOSに組み込まれれば企業と働く人はハッピーになり生産性も上がる…と考えてエールで仕事をしています。角野さんの実績と考えを知って、大いに励みになりました。

今日は、以上です。ごきげんよう。


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