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まるで「優秀な?寅さん」のように魅力的だった、にあんちゃん

昭和33年に出版された安本 末子さんの「にあんちゃん」をご存知でしょうか?

下の記事は西日本新聞佐賀版に掲載された「にあんちゃん」特集の一部です。
「にあんちゃん」こと、安本高一(やすもと たかいち)さんのことが紹介されています。

タイトルは「スターだった、にあんちゃん」となっています。
確かに成績優秀で、スポーツも万能、中学校では生徒会長などもしていますが、私はむしろタイトルのように、「まるで寅さんのようにバイタリティーがあり、魅力的な子ども」だった!・・と称したいのです。

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まず、知らない方の為に「にあんちゃん」のことを紹介したいと思います。

「にあんちゃん」は昭和28年から29年にかけて当時小3~小5だった安本末子さんが書いた日記を書籍化したものです。

安本さんは3歳で母を亡くし、日記を書き始める小学校3年生の時に心臓発作で父親も失っています。

安本さんの両親は当時の朝鮮・全羅南道宝城郡出身でしたが仕事を求めて佐賀県東松浦郡入野村鶴巻にあった肥前炭鉱の臨時工として働いていました。

兄妹は長兄と次兄、長姉と末子さんでした。両親を失った上に、朝鮮人ということで臨時工の職しか無くたちまち生活は困窮しますが、更に石炭不況から長兄が解雇、社宅も立ち退きという困難が兄妹に襲いかかります・・・

「にあんちゃん」とは次兄のことで、著者がそう読んでいたことから本のタイトルとなっています。

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最初はなぜ2つ上の兄がタイトルになったのかと思いましたが、読み終わるととその理由はなんとなくわかるような気がします。
イメージとしてはTVドラマ「ひとつ屋根の下」のちー兄ちゃんと少しダブりますが、この「にあんちゃん」は、本当によく出来たというか、魅力的な人物なのです。

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両親に死なれ、住む家さえ無かった、という状況におかれても人一倍努力を惜しまなかったのは、下に妹末子がいたところが大きかったでしょう。

自分は弁当を持たずに学校へ行き、お昼に末子が自分の弁当を「食べんね」と言ってきた時には、きびしく「お前が食べれ!」と叱っています。

妹、末子の前ではいつもスーパーマンで強くきびしい兄ですが、周りに誰もいないときには、人知れず涙を流すということも何度かあったことが、「にあんちゃん」収録の高一の日記からわかります。

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かように妹のことを心配し、兄や姉を思いやったにあんちゃんでしたが、記事にもあるように、底抜けに前向きで「こう!」と決めたらそのまま突き進む決断力がありました。

自身が中2の時、いよいよ兄妹の生活がままならなくなった時に、いりこ工場でバイトしたお金を持って、「東京がボクを呼んでいる!」と単身東京行きを決意します。

バスに乗る時に末子さんに言った言葉がまたいいのです。

「末子、もう一生あえんかわからんばってん、元気におれね」

「いくら、あんちゃんやおい(おれ)ばよんでも、帰ってこんとやっけんね。しっかりして勉強せんば」


それを聞いて涙する末子さんに対し更に・・

「心配すんな。死にはせんさ。どがんか(どうにか)なるよ。」と。

中2なのに、まるで寅さんみたいなこと言ってますね。しかもこちらはリアルですからね・・!
(結局、就職を頼み込んだお店の主人が警察に通報したため、送り返されることとなりますが・・・・)

朝鮮出身で身寄りもなく両親に先立たれ、極貧状態が続き、その上兄妹離散という憂き目に遭いながらも、書籍「にあんちゃん」が暗くなく、読後心にあたたかいものが残るのは、このにあんちゃんのキャラがあまりに魅力的なおかげでしょう・・・

この強烈な「バイタリティー」こそが、現代の子どもたちが失ってしまった一番のものかもしれませんね。

「にあんちゃん」が昭和28年に映画化された際、監督の今村昇平さんは、そのにあんちゃんのバイタリティーをやはりクローズ・アップしてとらえていたようです。流石ですね!

ちょうど、映画の中のその辺りが動画として見つかりましたので紹介しておきます。


「 春のにおいをそよ風にのせて、きょうは卒業式の日でした。

『安本高一』という先生の声に、前を見ると、六年生の列の方から、にあんちゃんが、出てこられました。

にあんちゃんは、とくべつに「努力賞」をもらわれるのです。

出てきたにあんちゃんを見ると、やぶれた洋服です。
みんなきれいな洋服を着ているのに、つぎはぎした上下です。ただほかの人と同じところは、髪の毛をつんでいるということだけです。

にあんちゃんは、校長先生の前に進んで行きました。校長先生は、「努力賞」の文句を、読み始められました。

いま、にあんちゃんは、どんな気持ちがしているでしょうか。
村長さんや大鶴の所長さんたちが見ている前に、上も下もつぎ当てだらけの洋服を着て立って、どんな思いがしているでしょうか。私は、悲しい気持ちでいっぱいでした。

私は、勉強もできませんし、こじきのようなかっこうもしていますから、もしもにあんちゃんがいなかったら、いや、いたとしても、にあんちゃんが勉強できなかったら、この一年も、だれからでも、いじめられたり、にくまれたりして、すごしてきたことでしょう。

けれども、にあんちゃんが、勉強ができるおかげで、私はだれからも、ばかにされたり、いじめられたりしたことは、いっぺんもなく、いまゆっくりと、四年生を卒業できるのです。

にあんちゃんは、貧乏にもくじけず、勉強にはげみ、同級生には、ぜったい負けない頭をもっておられます。

お金があろうと、なかろうと、一日も学校は休まず、家に帰ってからも、2,3時間はかならず、たとえ10時がすぎようと、予習、復習をして寝られ、試験は、たいてい百点ばかりで、82点が最低というような、りっぱな成績を、持って帰ってくるのです。

私はにあんちゃんのすがたを見ているうちに、なみだで目がかすんで、なにを見る元気もなくなり、となりの人に、もたれるようにしておりました。」

(「にあんちゃん」本文より)


以下、本について思うことを箇条書きにしてみました。

*著者本人が述べていることですが、この日記は出版などのメディアに載せようと思って書いたものではないことが、非常に大きいと思います。

*この日記を、「不況の炭鉱町の悲劇」と読むのは間違いであると思います。むしろ、朝鮮人でひとりの親戚もいなくても、この安本さんのように生活することができたのは、「家賃・光熱費・浴場使用料無料」という炭鉱町であったからだと思います。

*人員整理、炭住立ち退きはやむを得なかったとしても、日記に登場する友人や教師など、実にあたたかい人がいたことが大きな救いであったと感じます。通常、物語ではお金持ちの娘はえてして貧しい人には冷たくあしらうということがありがちですが、「にあんちゃん」に出てくるお金持ちの女の子は末子さんを誕生会に読んでご馳走したり、泊めたり・・・とあたたかく接してくれています。

*日記には「乞食の親子」「盲目のおばあさん」「言葉の話せない女の子」「感電死した中学生」など、様々な気の毒な人たちが登場しますが、小学生であった著者は、心より同情を寄せ、大人とは違った感性で世の中を見ていたということを教えてくれます。

*時代として「綴り方教育」の盛んだった頃だと思いますが、この日記に向かい合い、表現を引き出すことができた名も無き教師たちが当時血の通った真の教育を実践していたことがわかります。きっと著者以外にも優れた表現をした子どもたちが数え切れないくらいいたことでしょう。

*極貧の状態にあった作者に対し、日記に登場する友だちという友だちが、それぞれにさりげない優しさで助けてくれる場面が随所に出てきます。特に身なりやお金のことで蔑むようなことはいっさいなく、子どもたちの間には差別を憎み、助け合うという質の高い社会が構築されていたことがうかがえました。

*一時は山の中の掘っ立て小屋のような所に住むことを余儀なくされた末子さんと高一さんでしたが、にあんちゃんこと高一さんは、常に逆境をはね返すような楽天的な強さを持っており、今の若い世代に強烈なメッセージを発しているように思えます。このようなプリミティブな楽天性こそが社会の中では非常に貴重なものであると再確認させてくれます。

*テレビやエアコンどころか、住居さえなかった、という境遇にありながら、著者兄妹たちのこの「心の豊かさ」はどこからきたのだろう・・・というのが一番の感想です。そしてそれは現代の大半の子ども達の状態とはまるで正反対に思えることが、何とも痛ましいと思わずにはいられません・・。


著者安本さんが通った入野(いりの)小学校大鶴(おおづる)分校は閉山とともに閉鎖されていますが、現在の唐津市立入野小学校のHPに「にあんちゃん」についての紹介が載せてあります。


平成16年3月に以下のようなコメントを頂きました。当時を知る貴重な内容であると思いましたので、ここに付記させて頂きました。ありがとうございました。

『 私は肥前町高串出身で現在は福岡県に住んでいます!小学校時代に学校でにあんちゃんの映画の上映を見ました。家に帰り母親に話したところにあんちゃんの事を映画ではなく実在の事を知っていて母の実家の隣に下宿していたと聞きました。中学生くらいの小さい子供が住み込みで働いていたのを鮮明に覚えているとも言っていました。その当時の高串は漁業が盛んで佐賀県で一番の水揚げ量と言っても過言ではなかったようで母も祖母と一緒に炭鉱の方へ魚を売りに行っていたと聞きました。 』

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