永遠を壊し、大人として生きていく(映画「CLOSE/クロース」を観て)
13歳の友人同士の仲違いによって、取り返しのつかない事件が起こってしまう。
フィクションとはいえ、子どもに一生背負わせるには重すぎる十字架ではないか。目眩を感じながらも、104分間という比較的短尺な時間の中で、濃密な映画体験に浸ることができた。
とりわけ白眉だったのは、少年のレオを演じたエデン・ダンブリンさん。本作が映画デビューとのことだが、演技や表情、佇まい全てが素晴らしかった。
「CLOSE/クロース」
(監督:ルーカス・ドン、2022年)
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映画を鑑賞しながら頭をもたげたのは、「どうして、そんなことで……」という感情だった。レオの無二の親友、レミがその決断に至るまでの描写が少なかったことで僕は混乱してしまった。
だが、少年の行為に対して「どうして、そんなことで……」と感じてしまうことこそ、問題の本質に寄り添えていないという証明だ。考えてみれば、僕の幼少期も──今思えば「些細なこと」と思えるような──苦しみを何度か経験したことがある。
例えば僕が中学生のとき。小学校まで親しかった友人と別のクラスになった。異なる部活動を選んだことで、僕たちは別々のコミュニティに属さざるを得なかった。しばらくして、僕は僕の決断を後悔する。せめて部活動は、あいつと同じバスケットボール部を選ぶべきだったと。心を許せる他者がいなくなって味わった孤独は、当時13歳の少年にはとびきり痛むものだった。
幸い、このエピソードは僕にとってすでに乗り越えた過去になっている。
でも「CLOSE/クロース」を観て、胸を裂くような痛みが反芻されたことで、ああ、こういった痛みはいつまでも何度でも蘇るものなんだなと嘆息したのだった。
痛みは蘇るが、記憶の外に留まっていることで、過去の経験は「過去のもの」として過小評価されている。
痛みを忘れること。それは人間の長所ともいえるだろう。しかしながら大人になったことで、その痛みを「経験していない側」に対して、「どうして、そんなことで……」と言ってしまうことの暴力性には自覚的でありたい。現在進行形で痛みを伴っている者にとって、周囲の無理解(に思えること)は耐え難く孤独を招いてしまうことだろう。
例えば長男は、たびたび保育園に登園する朝、「お腹が痛い」という。それはきっと、保育園という「他所」に行くことのプレッシャーを感じているからだ。僕も高校時代に、通学時に乗っている電車でたびたび腹をくだしたことがある。別にいじめられていたわけではない。あの「他所」にこれから身を投じることの決意や覚悟のようなものが、腹の調子を損ねていたのだろう。(学校に到着すると、腹の痛みは自然となくなった。当然下校のタイミングで腹が痛むこともない)
「どうして、そんなことで……」と些細な事柄として認定してしまったそれらのことが、当事者にとっては底知れぬ不安とリンクしているのだ。似たような経験をしたことがあるはずなのに、もはや過去のこととして受け流し、子どもたちの背中を無理やり押してしまうことはないだろうか。(「CLOSE/クロース」のレオ、レミの両親はとても優しく、子どもたちの心情に寄り添うシーンがたびたび出てきた)
最後は、レオが花畑を駆けるシーンでエンディングを迎える。
レミとの別れを乗り越えたのか、宿命を受け入れる決心ができたのか。
いずれにせよ僕が感じたのは、レオが「これからおれは生きなければならないんだ」という強い意思だった。涙を流し、感情のコントロールができない苦しみを経た後のレオの凛とした表情。
彼の意思を僕は尊重したい。そして請われたならば、レオのような立場の人たちに寄り添える存在に僕はなりたいと思う。
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劇中に出てくるモチーフは、台詞を伴わずに意味を添えています。
アイスホッケーは男らしさを、秘密基地は過去としての思い出を、労働は子ども時代の決別を。レオが家業の手伝いをするシーンを観るたび、大人になっていくことの痛みやある種の罪深さを感じてしまいました。
それでも、レオは大人になることを決断します。
「PERFECT DAYS」でルーティンに留まり続ける平山は、ある意味で子どものままといえるでしょう。ひとりで、好きな音楽を聴き、予定調和を崩さずに日々を送る。
レオが選択したのは、それとは真逆です。カオスで、怖くて、痛みを伴う世界に対峙すること。花に囲まれたレオの日常は、決して「お花畑」な世界でないことを彼はとっくに気付いているのです。
その覚悟が素晴らしいと思ったし、それを逃げずに描いたルーカス・ドン監督に賛辞を送りたいです。間違いなく2023年の秀作のひとつでした。
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ちなみに本作のテキストは、osanaiにてライターの伊藤チタさんにも寄稿いただいています。ぜひ伊藤さんのテキストも読んでみてください。
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