脱北者の“本当”の気持ち(映画「ビヨンド・ユートピア 脱北」を観て)
「胸を打つ」という言葉では形容しきれないほど、強烈な映像の連続だった。
再現VTRは一切なく、リアルタイムに脱北を図る家族を追いかけたドキュメンタリー。命懸けの様子が終始映されている。
「ビヨンド・ユートピア 脱北」
(監督:マドレーヌ・キャヴィン、2023年)
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北朝鮮からの亡命、いわゆる「脱北」を図るふたつの家族。
ひとつは自分だけが韓国に住み、17歳の息子を脱北させようと試みる母親。そしてもうひとつは、子どもふたりと老婆ひとりを含む5人家族。彼らの結末については映画を確認してほしいが、隠しカメラで密やかに撮影された映像からは、当人たちの切迫した心情がみてとれる。
物語の核になるのは、10年間で1,000人以上の脱北者の支援をしてきたキム・ソンウン牧師。リスクが高いときは正直に話し、北朝鮮や中国の警備状況を見極めながら誠実に支援を続けている。
脱北者は牧師のサポートに感謝しつつ、それでも安全な場所へ移るまでの逃走に全力だ。ブローカーへの不信、中国やベトナム、ラオスでチョコレートやポップコーンが食べられること、車中泊……。時折みせる笑顔にホッとするも、一瞬でも隙を見せて捕まったら、文字通り「終わり」だ。「東側」に属する国で捕えられたら、北朝鮮に強制送還されてしまう。
脱北できるかどうか。
それは確かに天国と地獄だろう。
もちろん全てのシーンで思うところはあったけれど、僕が最も印象的だったのはラストシーンで祖国への思いを問われた脱北者の言葉だ。
「時々、残っている仲間のことを思い出す」
キツい暮らしだけど、普通の生活さえできればかの地での暮らしを全うするつもりだった。そんな複雑な感情に折り合いをつけることができない。冷戦以降、「西側」と「東側」の果てなき覇権争いは続いている。国家同士の谷間にいる人々が、なぜここまで苦しまないといけないのだろうか。
本作が撮影されたのは、コロナ禍の少し前。
コロナ禍に入り、亡命先であるタイへの入国も制限され(キム・ソンウン牧師が現地フォローできないことを意味している)、脱北者の支援が困難になってしまったそうだ。
脱北者の支援が困難になるということは、脱北を図る人たちが窮地に追いやられるということ。北朝鮮では政治犯として「追放」された人たちはろくに住む場所も与えられず、ひとけのない山中にただただ放置されるそうだ。
脱北に関わった当事者だけでなく、家族も「追放」の憂き目に遭う。彼らの無念を思うと、いまもやり切れない。
電気や水が当たり前にある生活をありがたがるということでなく、ただひたすらに、かの地の怨念にかける言葉を探している。
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予告編を改めて眺めていたら、6歳の長男が「これ、なに?」と聞いてきたので地球儀を示して概要を伝えた。
少し無口になった息子。彼なりに思うところがあったのだろうか。
彼が大人になったとき、世界は本当の意味でユートピアを超えることができているのだろうか。
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