新たな検閲や禁書の時代

話には聞いていたけれど、アメリカのフロリダ州で2022年に制定された「LGBT教育を禁じる法律」の影響がとてつもなく大きいようだ。

2023年6月18日に朝日新聞が1面と7面で報じている。フロリダ州の小学校で、小学5年生を受け持つジェナ・バービーさんがディズニー映画「ストレンジ・ワールド」を見せたところ、「不適切な行為」として州政府の調査が入ったという。

案の定(というべきか)、バービーさんの住所はインターネットに晒され、脅迫電話や攻撃的なメールが届いたのだそう。

フロリダが定めた州法では、最初は幼稚園から小学3年生までが対象だったが、2023年に入り、一気に高校生まで年齢が引き上げられた。年齢の問題ではないが、それによって多様な作品に触れられないのは明らかに政治による教育への介入といえるだろう。

いま州内では、性的な内容を含むために法律に抵触することがないか、学校にある書籍すべてを点検する作業が進む。ピネラス郡の高校で図書室司書を務めるジンジャー・ブレングルさん(59)は連日、データベース化した書籍のリストと格闘している。
「問題のある書籍を1冊でも見逃せば、私の責任になりかねない」。教育委員会からも「慎重すぎるくらいの判断をするように」と指導されている。

(朝日新聞 2023年6月18日朝刊 7面より)

検閲につながりかねない、と記事にはあるが、もはや検閲同様のことが行なわれていると見た方が良いだろう。反対の声も強く挙がっているというが、政治がこうした声に一切耳を傾けないというのは、常軌を逸していると言わざるを得ない。

同法を主導したのは、アメリカ大統領選挙にも出馬表明しているデサンティス知事だ。彼は「妊娠6週以降の中絶を原則禁止する法案」に署名するなど、極めて偏った保守色を鮮明に打ち出す政治家だ。

「トランプは嫌だけど民主党よりはマシ」ということでデサンティスを支持する声も挙がっているというが、アメリカ全体で検閲や禁書の流れが生まれかねない。(「どちらが良いか?」ではない。どちらにもNoを突きつけるべきで、問いがそもそも間違っている)

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対岸の火事ではない。

日本でも同様のことが行なわれていると、2022年公開映画「教育と愛国」は告げている。安倍晋三が主導した改正教育基本法によって愛国心をめぐる表現が盛り込まれたが、それゆえ、日本史における事実の歪曲や捏造につながりかねない検閲が、教科書検定の分野で行なわれているというのだ。

もともと従来の教科書が「『自虐史観』の影響を強く受けている」というのは、一部の政治家や識者によって語られてきた。

史実を深く研究する日本史の専門家によれば一顧だに値しない言説で、1996年に新しい歴史教科書をつくる会が発行した「自虐史観」に基づかない教科書を採用する学校はほぼ限定されていたそうだ。(「『自虐史観』に基づかない」という表現もどうかと思うが)

しかし今は、法律の影響もあり、教科書検定時における逆転現象が起こっているという。自虐史観と書いたが、本来は自虐でもなんでもない。日本がかつて間違ってしまった戦争時の過ちを真摯に受け止め、当時の問題点を学ぶことによって、子どもたちがより良い社会デザインをつくれるような基礎教養を学べるという意義がある。これを自虐だなんだと騒ぎ立てるのは大人の価値観であり、そこに愛国心という曖昧模糊としたものが挟む余地などないはずだ。

しかし、しれっと加えられた愛国心という考え方のせいで、教育のねじが微妙に緩んでしまった。フロリダ州ほどあからさまな検閲や禁書がなされているわけではないが、2024年秋に行なわれる大統領選挙の結果次第で、日本にも波及効果が及ぶことは十分考えられる。(ただでさえ、リベラルの地盤がグラグラな状態の今、自民党や維新がねらう「教育への介入」は本格化しかねないだろう)

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名作と呼ばれる本や映画には、人間の想像力を無限に引き出すことのできる力が宿っている。

作品に触れてもいない無知な権力者や、群衆化した市民によって、いたずらに否定されることの無意味さは計り知れない。

一部の人たちだけでなく、意思ある市民が政治に対して声をあげることを僕は諦めたくはない。今朝の朝日新聞の記事を読んで、決して遠くない未来の「不都合」に懸念を感じたとともに、一人ひとりができることの意味に改めて思いを馳せてみた。

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ほりそう / 堀 聡太
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