宝くじを買うことでしか、お金や信用を得られない社会なんて(映画「イン・ザ・ハイツ」を観て)
最初から最後まで、とことん明るいのがミュージカル映画の良いところだ。
「クレイジー・リッチ!」を手掛けるジョン・M・チュウさんが監督を務めた「イン・ザ・ハイツ」。
人種、貧困と労働、故郷と移民、信用と信頼。多くの社会問題を包括している分、「現実はこんな上手くいかないだろう」という思いも過ぎる。
だがそれを上回るほどのパワーがとにかく気持ち良い。ラテンのリズムとヒップホップは、たとえサブスクリプション経由での視聴であっても、十分楽しめるはずだ。
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個人的には今年観た「ウエスト・サイド・ストーリー」より楽しめた。前述の通り、満ち溢れるパワーに圧倒されてしまった。
が、良い映画を「良い映画だった」と記すのは能がないので、あえて批評的な観点で「イン・ザ・ハイツ」をクサして(?)みる。
アンソニー・ラモスさん演じる主人公・ウスナビの台詞だ。劇中のウスナビはダサカッコ良くて、良いことを言っている錯覚になるのだけど、「ふつう」の現実をさも大発見したかのように述べているだけだ。
夢を追い求めることは手放しで礼賛されていたけれど、結果としてお金も信用も得られていないという非情さ。それは新自由主義によって資本が気味の悪い増殖を続けた結果であって。アメリカだけでなく、ここ日本でも「煽り」を食らった人が激増している。(ウスナビのように惨状を嘆くならまだしも、「おれはこんなもんだろう」と諦めてしまっているのが現実だ)
報われたいけれど、報われない。何かが間違っている気がする。
せめてもの打開策は、宝くじを買い続けることだけ。そのリアリティは、富める者とそうでないものの「格差」の象徴であり、それをポップなトーンで見えづらくさせているとしたら、映画監督の欺瞞とも言えてしまうのではないか。(なおここで、ウスナビが「故郷のことを忘れてしまう」と話した台詞、故郷を「大切なこと」としなかったことは最後まで観ると、筋が繋がります)
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映画監督の欺瞞という可能性を示したが、個人的には、エンターテイメントに仕立てることによって種々の問題を顕在化させる効果を狙ったものだと解釈している。
というのも、同様にあまりにリアルに胸を抉られる台詞が何度も放たれるからだ。ウスナビと近しい境遇ながら、スタンフォード大学へ進んだニーナ(演・レスリー・グレイスさん)はルームメイトから酷すぎる仕打ちを受ける。
ルームメイトが真珠のネックレスを盗まれ、ニーナは真っ先に疑われてしまう。バッグや引き出しを調べられ、結局ネックレスはルームメイトのバッグの中に入っていた──。「私はなぜか彼女に謝ったの」という告白に、思わず哀しみの同情を寄せてしまう。
働く前の20歳前後の若者が、生まれながらのディスアドバンテージが背負わされている。あまりに酷な話だ。
振り返ってみれば、「店を開きたいけど信用がない」「年収分の一時金をとうてい入手できる見込みがない」など、夢を追いたくても追える状況にない若者たちの葛藤が、オブラートに包まれずに描かれている。これはかなり意識的な脚本だろう。
それを説教くさく描くとエンターテイメント性を損なってしまう。もうちょっと説教くさく描いても良いのでは?と思わなくもないが、「イン・ザ・ハイツ」の明るさと対比した葛藤の深さに、「いやー、めちゃ楽しかったです」とはなかなか言えない気持ちになってしまう。
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……とはいえ、苦しいときでさえも笑顔を絶やさないウスナビ。その姿に、希望と勇気をもらえることは間違いない。
あなたの故郷はどこですか?
映画を観て、その問いをじっくりと考えてみてはいかがだろうか。
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(Netflixで観ました)
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