意訳とは、「尾ひれ」をつけることではない。(映画「そして、バトンは渡された」を観て)
瀬尾まいこさんの『そして、バトンは渡された』が映画化されると聞いて、すごく嫌な予感がした。
本作もそうだが、瀬尾さんの小説の特徴は「大きな事件が起こらないこと」だ。17年間で7回も家族の形態が変わり、三人の父親と二人の母親が存在する少女の物語という設定は突飛だが、実際に何も起こらない。高校を卒業し、専門学校に行き、就職し、結婚する。その過程で交わされるのは、いまの親子の対話であり、過去の親子との経緯だ。
それなのにフィクションとしてのエンターテインメント性が高いのは、瀬尾さんの筆致のレベルの高さだろう。フィクションっぽい台詞も、ありありとした臨場感を伴っているから不思議である。
そんな作品を、映画に落とし込む難易度は、想像に難くない。
手っ取り早いのは、展開のあちこちに「尾ひれ」をつけることだけど、そうすると瀬尾さんの作風とは折り合いがつかないだろう。そう懸念していた。
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原作を、いかに意訳するか
結論からいうと、嫌な予感は的中した。
展開のあちこちに「尾ひれ」がついていて、凡庸な感動作に留まっている。
ことわっておくと、僕は原作がかなり好きだ。原作と映画は一線を画すものだし、特に長編小説は2時間という長さで収めることはできない。それを承知しつつも、比較の上で、映画監督による「意訳」を眺めてしまった。
原作を忠実に再現することだけが「意訳」に求められることではない。
今年公開された映画「ハケンアニメ!」は、高いレベルの意訳に成功している。もともと原作は3部構成で、トウケイ動画、スタジオえっじ、原画制作のファインガーデンを主語として進み分けられている。映画はそれらを全て統合、時系列で「トウケイ動画 vs スタジオえっじ」の覇権争いを描いた。(原作者の辻村深月さんも映画パンフレットの中で「私も、こういうふうに書けば良かった」と述べている)
そんなふうに、原作の作家性を最大限汲みながら、映画監督のエッセンスを加えることが必要になる。
『そして、バトンは渡された』は、第16回本屋大賞を受賞するなど、かなり注目を集めた作品だ。映画化はどうしたってプレッシャーがかかるが、前述の通り、意訳のレベルは低いと言わざるを得ない。
意訳すべきではなかったもの
石原さとみさん演じる梨花(主人公の2番目の母親)を、病気で亡くしてしまったのは、最大の「誤訳」だったといえる。
これを終盤で扱った途端、『そして、バトンは渡された』は、ありがちな感動作で終わってしまった。
梨花は生きて、彼女自身の口から正直に想いを伝える必要があったはずだ。それが本作で瀬尾さんが一番こだわった言葉の応酬というものだったし、空気を読み合って「言葉が消えてしまっている」世の中へのアンチテーゼでもあったはずだ。
主人公に対するいじめのシーンでも、いじめた側が「あんたにも色々事情があったんだね」と、自ら理解を寄せていた。これじゃダメなのだ。原作では「私の家族はこんな感じでね」と、苦もなく淡々と事情を語り、相手を圧倒する描写があるのだが、まさにこれが大事なのだ。
言葉で語ること。言葉を使って対話すること。
主人公と森宮さん(血の繋がりのない親子)が、食事中に交わす何気ないやりとりの応酬こそが、本作における大事なエッセンスだったわけで。
過去作とトーンは異なるが、会話劇に定評のある今泉力哉さんや濱口竜介さんによる映画化を見たかったなあと思うのだ。
「映画化したい」という強い意向はあったのだけど……
ちなみに監督を務めた前田哲さんは、「こんな夜更けにバナナかよ」などを手掛けてきた人で、実績は十分だったはず。
本作の映画化は、前田監督自ら企画をしたという。
実に、的確な指摘だ。
それでいて、このアウトプットということはどういうことだろう?
同じインタビューで、前田さんはこのように答えている。
まあ、ここを意訳してはダメだろう。
起伏のない物語をダイナミックにする。それは言葉を変えれば、無用な「尾ひれ」をつけることに他ならない。京料理が薄味だからといって、塩や味噌を足す料理人はいないだろう。そんな感じ。
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原作を読んでいない人にとっては、それなりに楽しめる作品かもしれない。
映画から入った方は、ぜひ原作も手に取ってほしい。僕は原作を読んで、心が震え、何度か嗚咽してしまいました。
(Netflixで観ました)
原作の感想はnoteにも記しています。良ければ、こちらもどうぞ。
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