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消費者からみた有機農業のわかりにくいところ

前回の記事で予告した通り、何度かにわけて「有機農業ってなんだ?」というテーマで有機農業に関する記事を書いていきたいと思います。有機農業の生産者の方に僕が質問をしていきながら、有機農業に関する疑問をひも解いていく記事にしたいと思っています。

話をお聞きしたのは、相原 成行(あいはら しげゆき)さん。相原さんは藤沢市で「相原農場」で有機野菜を栽培しています。相原農場が有機農業を始めた理由などは相原農場のホームページに詳しく書かれていますので、そちらをご覧ください。

まず、最初に。有機農業を一言でといわれたら?

相原 ひとそれぞれ、関わり方によって違うので、「これ」というひとつの答えは無いですね。あえて、一言でいうなら「生き方」としかいえない。どう生きていくのかとう基本になる部分。農業を仕事として考えるならば、生産して売って、利益を得て生活する必要がある。しかし、そこだけを重視してしまうと効率重視の生産工場になりかねない。何を大事にしていくべきか。これを考え、見極めていくことですね。

消費者は有機JAS法をどのように理解すればいいでしょう?

相原 この法律が作られるとき、いろいろな議論がありました。その当時、有機農業の現場で何が起こっていたのか。いままで自分たちがやってきた有機農業とは違う有機農業が現れたのです。それは、法律で定められた資材を使っていれば有機JASマークはつけられるという仕組みを使った有機農業。そのマークをつける理由は売るため。そのためにマークを取得する。

この法律によって単一作物の栽培と売るまでの作業を速く回すスタイルが生まれました。葉物野菜ならそれだけを栽培して販売する。もちろん、決められたルールの中で栽培しているのだから、有機野菜であることに間違いはない。しかし、生産の仕方や栽培方法の視点から見た場合、慣行栽培とあまり変わらない側面があるのも事実なのです。

有機JAS法ができるまで有機農業は、多種多様な品種の野菜を栽培していくのが主流でした。有機JASマークの出現によって、有機農業の根本部分に対する考え方や栽培方法が違う新たな有機農業が誕生した。しかし、どちらの「有機農業」も「有機農業」という同じ分野に存在することになってしまいました。ここにも有機JAS法の問題の一端があると思います。

その違いは消費者からは見えない部分ですね

相原 誤解して欲しくないのですが、法律で定められたルールに沿って栽培をしていれば、「有機農業」という言葉に嘘はありません。しかし有機JAS法が定められたとき、議論が沸き起こったのも事実なのです。それまでの主流であった「有機農業」を実践してきた人たちと、ルールに沿っているから「有機農業」である、という新しいやり方を生み出した人たち。その違いは伝わらずに消費者からみると、すべて同じ「有機野菜」として見えてしまうでしょう。

何か具体的な例はありますか?

相原 例えば害虫が発生したとき。農薬ではないが害虫対策として散布できる「資材」があります。それまでの有機農業では使用していなかったものです。というよりも、使うことすら考えなかったものです。この「資材」があるときから、法という名のもとに使用してもいいですよ、ということになりました。

資材に頼る有機農業。つまり資材がなければ持続できない農業ということです。永続的ではない農業を、はたして有機農業と呼んでいいのだろうか。そういうことが議論されたのです。

「安定した儲け」を出すことはビジネスとしては大事なことではありますね

相原 もちろん有機農業でも安定した生産を追求します。それでも、生産量に波は発生してしまう。これは有機農業においては仕方のないことです。その波をできるだけ小さいものにおさえようと努力する。そのために必要なものが技術と経験なのです。

また、安定供給が最大の優先事項になってしまうと無理や無駄が生じてくる。例えば過剰生産ですね。野菜が足りない状態を無くそうとするあまり、無駄に多くの野菜を作ってしまう。そして市場の価格を安定させるために野菜を廃棄する。それをしないと国からの補助金が出ないというケースもある。そういう矛盾や無駄を生んでしまう仕組みを改善していかなければなりません。

改善案としてはどんな方法が考えられますか?

相原 ひとつの答えが小さくまとまったコミュニティの中で完結できる仕組みです。ひとつの規模が小さくても数を多くすればいいのです。昔の消費者グループのようなコミュニティでなくとも、直売に毎回来てくれお客様が増えればいいのです。

価格を例にして考えてみましょうか。有機JASを取得した農産物、特に自然食品を扱ったお店での販売価格を高いと感じる消費者の方も多くいると思います。しかし、それは何と比べて高いのか、ということも考える必要がありますね。お店の立場から考えれば経営が成り立つようにするためには価格も上げなければならない。売る側、買う側の両方にとっての適正価格とはどういうものなのか。これを生産者も消費者も考えていく必要があると思うのです。

野菜の適正な価格は難しい問題です

相原 どの価格であれば適正なのか、それを決めるのは生産者と消費者の関わりだと思います。だからこそ、生産者と消費者が一緒に育っていく関係性が重要なのです。

最初は「安全な食べ物を」「体に良さそうだから」という単純な理由で有機農業との関わりをスタートするのもOKなんです。シンプルな動機ほど、しっかりとした軸になる。継続した関係の中で、相手の立場や状況を理解できるよいうになっていく。それが、お互いに育っていくということです。生産者は消費者のことを、消費者は生産者のことを考え理解することでお互いが成長していく。この関係性こそが有機農業の核となるのです。

関係性の中で、いろいろな問題を共有して解決していくのだと

相原 これがお店での「買う」「売る」だけの関係の場合、「安い」「高い」だけのつながりになってしまうかもしれません。例えば、先日スーパーの有機野菜コーナーに有機JASマークのついた野菜が売っていました。その価格が結構高い値段で、この金額なら近くの有機野菜農家から直接購入すれば何倍もの量の野菜が買えます。

しかし、その売り場で金額だけ見たお客様は「有機野菜は高い」というイメージだけが残るかもしれない。でも、それが流通の宿命でもある。その有機野菜を扱っているお店が経営を続けるためには、売れ残ったとしてもその金額を付けざるを得ない。そういう関係性だけでは、生産者と消費者の成長はないと思います。

相原さんご自身も、就農した頃は有機農業の本質をわかっていなかったとおっしゃっていましたが

相原 バブルの時代を生きてきたから(笑)、モノを大事にしてない生活スタイルでした。必要なものをどんどん買うという意識。いい車に乗りたいとか(笑)。いまはまったくないですけど、昔はそんな感じだったのです。

それが変わっていったのはなぜでしょう?

相原 食生活研究会という家庭の主婦の消費者研究グループがあるのですが、就農したての頃にそこで、「有機農業で儲けようと思っているのならやめておきなさい」と言われました。そんなつもりも無かったのですが、なぜかその言葉がずっと心にひっかかっていました。また、日本有機農業研究会という別の団体があります。ここは有機農業の探究や交流などを目的に生産者と消費者、研究者を中心として活動しています。そこでのメンバーとの交流の中で、自分の考えが浅はかだったことに気づかされるわけです。

いろいろな人との交流によって考えに変化が出てきた

相原 当時の私は彼らのように有機農業について深く考えてはいませんでした。有機野菜ということで喜んでくれる人がいる。いわば「有機農業のいい部分」しか見ていなかった。もっと根幹の部分を考えてはいかなった。

その頃、母親とよくケンカしたことがあるのです。成長過程で小さい野菜は、他の野菜を育てるために間引きます。間引いた野菜を堆肥にすればいい、という私。それでは野菜は生きていない、という母親。間引いた野菜は堆肥するということを決めつけるなと。工夫して何かに使えないか、活かせる道はないかということを真剣に考えろと。いったん、面倒なこともすべて自分が引き受けること。あれこれ考え、試してみても残ったものは堆肥に使う。そういう母親の思考を当時は理解できませんでした。

結果として同じことになったとしても、それまでの過程を大事にするということをお母様から教わったのですね

相原 私は結果的に堆肥するなら同じことだという考え。母親はそこに「思い」が加わることで何かが変わってくるはずという。そういう内容のケンカをずっとやっていました。しかし、それが母親だけでなく自分の周りにいる人もみな母親同じ考えだった(笑)。

そういう人たちと関わり、話をしていく中で考え方がずれているのは自分だと気がつきました。就農してから3年くらいの頃ですね。そういう考えを受け入れられるようになったのは。

お母様と同じように、お手本となる人たちに囲まれていた

相原 日本有機農業研究会では年に一回の集会があります。毎年メンバーと話をしていると、メンバーの輪の中に自分も入り込めているという実感がわいてくるのです。この感覚が有機農業家としてのバロメーターにもなっていたとい思います。自分自身の成長を感じることができる場です。その場に自然体でいられる自分を感じたとき、「有機農家」ということを気負いなくいえるようになっていました。

いまは相原さんが相談される立場になっていますが、若い相談者はどうですか?

相原 当時の自分とは比較にならないくらいレベルが高いです(笑)。私が何年か経ってから気づいたことを、最初からわかっていて来る人ばかりです。生活に対する不安や震災の影響が大きいと思う。生きるために必要なもの、そうでないものを考え抜いた先に有機農業を見つける人も多くいる。そうやって普段の生活の中で、生まれてくる疑問に気がついて考え抜いた人が有機農業にたどり着くのでしょうか。

技術や知識も必要だが、有機農業においては「心」の部分がとても大事なのですね

相原 それが一番です。心の部分がその人の行動や結果に表れるものです。就農した頃の自分は親に指示されたことを、ただ作業としてこなしていました。それは作業本来の意味を理解していたわけではなく、ただ体を動かしていたのと同じことなんです。草をとる作業でも考え方ひとつで、やることやそれがもたらす結果が全く違うものになってくる。だからこそ、有機農業の根本に対する考え方がその人の軸になる。さらに、その人が実践する有機農業に結果として表れてくるのです。

次回に続きます

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堀尾タモツ
Webの仕事のかたわら、食・農業に関わっています。最近、ついに畑を借りてしまいました…。本業が…、