『予定日はジミー・ペイジ』角田光代
「おなかに入っている子どもの正体を、どんな風に感じていた?」
この本を読んで、「妊婦」を体験した友人一人ひとりに聞いてみたくなりました。正体なんて、宇宙人やエイリアンみたいな言葉を引き出したいように聞こえますか?そうではありません。
「そういうものでできているんだ、今ここ(おなか)にいる子は!」
この本の語り主マキちゃんが気づいた「そういうもの」に、じんじん胸がしびれたからなんです。
この物語は、マキちゃんの日記仕立てで進みます。妊娠を知っても「私、ひょっとしたら子どもできたの、うれしくないかもしれない」と夫に告白してしまうマキちゃん。妊娠・出産はすばらしいと無条件に信じて疑わない優等生妊婦に「うるせえ、うるせえ、うるせえ」と(心の中で)楯突いてしまうマキちゃん。人間くさくて、かわいいと思いませんか?妊婦になったからって、今まで三十数年間、すべてに自信がなく後ろ向きに生きてきた人間が突然、マリア様仏様のようになれるはずもない。いや、なれなくていいじゃん。作者・角田光代さんのやさしさに、マキちゃんと同じように自分を落ちこぼれ人間だと思ってしまう私は、救われるのです。妊婦は未経験ですけれど。
これから読む人は、どうかそのやさしさでもって、マキちゃんのことを見守ってあげてください。行ったり来たりはしても、マキちゃんだってちゃんと「大丈夫」にたどり着きます。
「私のおなかの子ども。この子どもは、きっとそういうものでできている。だれかを好きだと思うこと、必要だと思うこと、失うのがこわいと思うこと、笑うこと、泣くこと、酔っぱらうこと、少し先を歩くてのひらにてのひらをからめたいと思うこと。神さまお願いだからこの人を守ってくださいと思うこと、この人が笑っていられますようにと思うこと、この人がこわいものすべてから遠く隔たっていられますようにと思うこと。(十五字省略)今まで私が、いや、私だけでなく、夫もまた、幾度もくりかえしてきた、祈りみたいなそういう気分。私がこれから産み落とすのは、そういうものだ。」
途中を「十五字省略」して、彼女がこの思いにたどり着いた場面を隠してみました。人は誰でも、自分が生きてきたやり方で、自分を前に進めてあげられるのだと思います。