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【第9回】アルメニアの「仮面の脱ロシア」政策.2024/08/05
2024年7月31日、ハマス政治部門のリーダーであるイスマイル・ハニヤ氏がイランのテヘランで殺害された。イスラエルによるものと見られている。ハニヤ氏は、イランのぺゼシュキアン新大統領の就任式に出席するためテヘランに滞在していた。
中東情勢は混迷状態であるが、7月24日ロンドンを拠点とするメディア「イラン・インターナショナル」は、イランがアルメニアと約$500万(約7億6千800万円)相当の軍事取引を行ったと報じた。イランがアルメニアに渡す兵器の中には、イランがロシア軍に供与しウクライナ戦争で使用されている自爆ドローン、シャヘドや防空システムなどが含まれているとされている(Shahed136, Shahed129, Shahed197, Mohajer drones, 3rd Khordad, Majid, 15th Khordad, and Arman)。
アルメニアのイラン大使館はこの報道を否定している。
Հայաստանում Իրանի Իսլամական Հանրապետության դեսպանը հերքում է Իրանի և Հայաստանի միջև ռազմական պայմանագրի մասին լուրը։
— IRI Embassy in Armenia (@iraninyerevan) July 26, 2024
Սոբհանին նման լուրերի տարածման աղբյուր է համարել ոչ հավաստի լրատվամիջոցները, որոնք նախկինում ևս տարածել են կեղծ տեղեկություններ և
このニュースを報じた「イラン・インターナショナル」は反体制派に親和性のあるメディアであり、他メディアによる追随の報道もないことから、鵜呑みにせず割り引いて理解する必要があることだろう。
一方、この報道が事実だとして驚きはしない。アルメニアの首相ニコール・パシニャンは就任以来、アルメニア外交政策の多角化を急速に推し進めており、イランによる武器供与もその一環として捉えられないこともない。
アルメニアの政変とベクトル変更した外交政策
アルメニアは2018年まで、ロシアを重要視する政策を採用してきた。2015年に当時のアルメニア大統領セルジ・サルキシャンは憲法を改正し、自身の大統領任期が満了するのと同時に首相職への権力移管を行うとして、これが院政政治の布石と見られていた。2018年、実際にサルキシャン氏は大統領任期満了と共に首相職に就任した。このあからさまな権力腐敗に抗議をあげたのがアルメニア国民であった。人々は街に出て声をあげ抗議のデモを行い、サルキャン氏を退陣に追い込んだ。その運動の中心人物が現在の首相ニコール・パシニャンであった。
この「ビロード革命」と呼ばれるアルメニアの政変が転換点となった。パシニャンは首相に就任する前からロシアとの協調路線に反対していた。パシニャン氏はロシアを中心とする軍事同盟「集団安全保障条約機構」(CSTO)からの脱退を仄かし、ロシア主導のユーラシア経済連合(EEU)にも「加盟を強要された」と述べるなど、ロシアに対して厳しい姿勢を示していた。
首相に就任してからは、ロシアのプーチン大統領と一定の距離感を保った。しかし、2020年に起きたいわゆる「第二次ナゴルノ=カラバフ紛争」で参戦せねばならないロシア軍が一切加わらず、それどころかアゼルバジャンに有利な停戦条件を持ちかけたことを皮切りに、アルメニアの外交方針は一気にロシア一辺倒から、周辺国や欧米へ傾斜していった。
近年ではCSTOへの参加凍結を実行し、米軍とアルメニア軍による2年連続の合同軍事演習、フランスやインドからの武器購入など、ロシア以外の国々との外交が目立つ。とりわけ、2023年4月には、独立以前から自国の領土と主張して譲らなかったナゴルノ=カラバフをアゼルバイジャンの領土として認める用意があるとし、国交正常化プロセスを加速させている。また、1915年に起きたアルメニア人ジェノサイドを巡り国交がないトルコとも外交正常化に向けた協議を行なっている。これらの事案を鑑みると、イランによるアルメニアへの武器供与が事実であっても驚きはしないだろう。
「ロシア全振り」だったアルメニア
アルメニアは独立から2018年まで、歴史的・文化的親和性、戦略的重要性から政治、経済、防衛、文化等国家の核となる機関産業をほぼロシアに全依存してきた。そのため、目立った産業がないアルメニアにとって、ロシアの関係は命綱になってしまった。
アルメニアの安全保障はロシア主導のCSTOに依存していた。アルメニアの安全保障はCSTOの枠組みを通じ、最大の軍事大国であるロシアが担保することになっていた。また、アルメニアの国境はロシアの情報機関FSBが管理していた。また、アルメニアは、首都エレバンの北西90kmに位置する街ギュムリにロシア軍の102軍事基地を抱えている。
アルメニアは国内唯一の原子力発電所(南コーカサス地域でも唯一)であるメツァモール原子力発電所を抱えている。同原発は、アルメニア国内の約30%から40%の電力を賄っているとされている。ソ連時代の1976年、1980年に運用を開始した2基の原発は、1988年に地震が発生し稼働を一時停止した。その後、1号機は永久停止となったが2号機は1995年に運転を再開しており老朽化が問題視されていた。2015年、アルメニアとロシアはメツァモール原子力発電所の点検・改築を行うことを合意し、ロシア政府による$2億7000万(約400億円)の融資と$3000万(約33億円)の無償資金協力を得て、2021年に作業が終了し運転期間は2026年まで延長された。2023年12月にも$650万(約100億円)という費用を要しながらも、原発を2036年まで運用するため設備の近代化を行うことで合意している。これら一連の近代化作業はロシアの国営原子力企業「ロスアトム」が請け負っている。また、原発稼働の燃料となる核燃料はロシアから輸入しており、ロシアからアルメニアへの鉄道は地政学的理由により使用不可なため、ロシアから空輸されている。極めて危険な輸送方法であることは言うまでもない。
火力発電もアルメニアにとって重要な電力供給施設である。しかしながら、その燃料となる天然ガスもロシアに大きく依存している。アルメニアはロシアの国営ガス生産・供給企業「ガスプロム」から全体の約87.5%を輸入しており、同社の供給は国の危機となる依存度である。残りはイランからの輸入となっており、近年イランからの輸出量を増加させようとしているが、イランへのガスパイプラインを含む全ての天然資源供給設備は「ガスプロム」の所有であるため、同社の同意を得なければ実行することはできない。これらを勘案すると、アルメニア国内の需要を満たすための電力供給能力は、ロシアによる蔓の一声で全て決まってしまうのである。
アルメニアは地政学的に非常に複雑な場所に位置している。左にトルコと東にアゼルバイジャン、北にジョージア、南はイランと接しているが、トルコとアゼルバイジャンは国交がないため、人・物の往来が出来ない。イランは核開発疑惑など国際社会から制裁を受けていおり関係を深めるのが難しく、貿易の約70%はジョージア経由で黒海の港を使用するルートに依存している。
2022年のアルメニアの輸出の内約44.6%をロシアに輸出しており、輸入の30.4%をロシアに依存している。輸出入共にロシアはアルメニアの最大のパートナーである。
矛盾するロシア依存
このようにこれまでのロシア依存から脱ロシアの外交政策を打ち出したアルメニア政府であるが、経済については依存を深めているらしい。
アルメニアの国家機関が出した統計によると、2022年度のロシアとアルメニアの貿易額は2倍に増加しているとのことだ。2021年から2022年にかけ、ロシアからの輸入は3倍にも増加しており、$8億5000万(約123億8000万円)から$24億(約349億6000万円)に増加しているとのことだ。輸出に関しても$18億6000万(約270億9000万円)から$23億(約335億円)に増加している。2023年の上半期の輸出は、昨年同月比と比較して約215%上昇増加している。
ロシアに輸出している約50%から60%は完成品であり、クオリティスタンダードの違いから西側に輸出先を変更することはできないと、エコノミストのスレン・パルスヤン氏は指摘している。欧米に輸出する場合、製品の基準見直しが不可欠であり、それは複雑であり時間を要する作業であるとのことだ。また、輸出の割合には一定程度、西側製の製品を含まれており、ウクライナ侵攻以降、ロシアが制裁により入手困難な西側の産物にアクセスできているとされている。
https://eurasianet.org/russias-powerful-economic-levers-over-armenia
アルメニアはパシニャン政権成立以降、急速に外交を多角化させてきた。しかしながら、あまりにも急激な転換なため時間や議論を要する分野では追いついていないように見受けられる。アルメニア経済にとって重要な貿易、電力やエネルギー資源は未だロシアに依存しているどころか、一部では増加していることが分かった。ロシア依存の高い分野でロシア側が懲罰的な措置を講じ、供給を減少や止める事態になれば、アルメニアにとっては致命傷である。逆に、ロシア側は取引の材料にすることができるだろう。急激な方針転換と加速で脱ロシアが進む分野と進まない分野の隔たりが拡大している。この先もしばらくはアルメニアにとって棘の道となりそうである。パシニャン首相の手腕が問われるだろう。