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一元観エピソード10〜やふーさん編〜

付き合っている人に『親に障がいがある』と言われたらどのような反応をするだろうか…。

やふーさんはその時のことをこのように書かれています。

親が障害、と聴いてもそこまで怖気づかなかったし、あまり問題として捉えてなかった。
⇒後で周りから言われて、あ、そんなに気になるもなんだーときづいたくらいの感覚でした。
『琲音さんの記事から感じたこと』より引用

私自身も両親ではないにしろ親戚に障害がある人が数名いたので、さほど気にしないのでないかと思うけれど、本当のところはわからない。

相手側の親となると、介護のことだったり将来的なことなど、さまざまなことを考えて、躊躇したりしてしまうのかもしれない。

実際に、親戚の方が結婚した際、障害がある独身の大叔父(祖父の弟)が家にいるということで「その方の面倒は私はみれません」とハッキリ言われ、大叔父は家から出ることになってしまったこともある。(経済的にも精神的にも負担が大きいとの判断によるものだと思うので、批判ではないです)

そう考えると、怖気つかず、問題として捉えることなく受け入れたやふーさんは、すごいなぁと思いました。

やふーさんの記事を読んでいると、やふーさんの物事の捉え方がとてもおおらかで(←おおらかという表現とも少し違うんだけど)様々な場面で、一元観的に物事を捉えて考えている方だなと感じることができます。

やふーさんの記事の中には、これまでのお義父様とのやりとりがたくさん貼り付けられています。
これらはどれもこれも『一元観エピソード』と呼べるほど、素晴らしいエピソードの数々。
ぜひそちらにも飛んで読んでいただきたいです❣️

貼り付けられたさまざまなやり取りの中で気になったものを少しピックアップ☝️

病院の待ち合いほど、
やることない時間ってないんですよね。
義父の内科の病院は、月に1度は付き添い行くようにしてるのですが、まじでやることないんです。

でも、その時間を何にあてるかは、自分次第だと思えました。
めんどくさいな、と思えばめんどくさいし。
義父とのコミュニケーションの時間だ!と割り切って色々と聞き出すのもいいし。
『病院の待ち時間は義父とのコミュニケーションタイム』より引用

これこそが一元観の捉え方‼️

同じ時間でもその時間をめんどくさいと思うか、コミュニケーションの時間だと思うか。

さらには

障がいあるから、介護があるからとか、ないからとか。あんまり関係ないんじゃないかなぁと思ったりしてしまいます。

きれいごとかもしれませんし、厳しいな、と感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、

自分の気持ちや考えを整えると、周りにも普通に優しくできるんじゃないかなーと最近おもうのです。

『琲音さんの記事から感じたこと』より引用

これ‼️これもめちゃくちゃ一元観的な考え方ですよね⁉️⁉️⁉️

障害があるから✖️
介護があるから✖️
ではない。

やふーさんは、お義父様の一部だけをみて判断せず、たくさんのお話を聞いたり、良い部分を見つけたりしながらお義父さんという人を見ている。

凄い❗️凄いよ‼️やふーさん‼️‼️

ヘルパーさん困るから辞めてよ!!と言っていたやふーさんだけど、ほんとに困ってるのは、ヘルパーさんではない、自分の感情だと悟ったやふーさん。

こういった怒りを鎮められるようになったのは、
義父としっかりコミュニケーションを取ってからかもしれないですと綴っています。

一元観で考えられるようになるというのは、人とのコミュニケーションも大切なんだとハッとさせられました。

その方の表だけではない裏にある想いだったり、隠された気持ちだったり…それはコミュニケーションを取ることで見えてくることもたくさんある。
一面だけを捉えずに一元観で物事を考えていくヒントになる。

そう思えました。


やふーさんの一元観エピソードの中には5つの記事が載っていて、その全てを読んでいただきたいと思い、私からはここにやふーさんの過去記事を貼らないつもりでいました。

が、急遽こちらを載せることにしました‼️

やふーさんの心の整え方です。

そういう週もあるし、そういう週でないこともある。

そこに一喜一憂しない、と決めることは大事だなあと感じました。
『わたしの心の整え方』より抜粋

心の状態をニュートラルにして一喜一憂しない

これもまた一元観的な考え方だなぁと思いました。

やふーさん、企画にご参加してくださりありがとうございました😊

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