短編: 仕事は生活です ①
後半②→
【あらすじ】#お仕事小説部門
主人公・立花萌絵は、うつ病で退職する山下の引継ぎを行う。山下の発言から、いじめられっ子にも原因があるという考え方に共感を覚える。
新人社員の内野に、山下が厳しく接していたことが問題視されていた。同僚のかっちゃんは内野を無能だと批判し、立花は内野を擁護する。
パートは内野を庇っており、山下の問題行動を立花に訴える。山下には自己愛性パーソナリティ障害の可能性があると指摘し、職人たちの客観的な評価と、従業員の主観的な認識にズレに立花は戸惑う。
最終的に山下から直接話を聞き、内野らからの嫌がらせに苦しんでいたことを知る。職場の複雑な人間関係と、事実関係の把握の難しさを考えた、お仕事小説。
全十二話 6日間
第一話 山下さん、お疲れ様でした
「語弊のある言い方ですけど
『いじめられっ子にも原因がある』って聞いたことがないですか?
僕、たまに頭をかすめるんです。
イジメじゃないけど、状況を図にしたらイジメか
イジメに近いものも含めて」
主任の山下貴正がうつ病になり退職する。
「明日からは有休を使うけど、立花ごめんね。
あなたへ押しつける格好になるのは心苦しい。
だけど、あなたが僕の気持ちを理解してくれたと聞いて、少し報われたような気がする」
山下さんとの引継ぎに休憩室を使わせてもらう。
師走は僧侶のような日頃は落ち着いた人も、この時期は走り回るほど忙しい意味というが、
僧侶ではない私は、明日から今以上に多忙になる予定で、クリスマスや正月で浮かれ気分になるのは皆無。
古いエアコンが轟音を立て室内を温める、私の心は反比例して凍てついてゆく。
嘘や意地悪に耐えて、言い返せるだろうか。
また倒れるんじゃないかと不安が押し寄せ、喉元が詰まったような、呼吸が乱れて指先から冷たくなる。過呼吸の症状が出てくるのだ。
休憩室と折りたたみ椅子。折りたたみのテーブルにぽつりぽつりと七味唐辛子や醤油の小瓶が置かれ、
外界から仕切られた空間が悲壮感を覚える。
私は山下さんの引継ぎをしている最中で、引継ぎの最終日。
お寺の僧侶の息子らしくない、山下さんのセリフは
そこだけ切り取れば多くの人から反感を買う。
しかし、今の社内の状態はまさに
「いじめられっ子にも原因はある」に納得してしまう。
けしてイジメを肯定しているのではない。
「山下さんが悪かったんじゃない」
多分、同じ痛みをした者しか分からないし、山下さんにリーダーシップがなかったと言われたら、それまで。
イジメに見える。だけど、そうじゃない。
世の中には単純に弱い者イジメがある。
勉強やスポーツができない、家が貧しいなど周りから浮いている理由でイジメが起きる。
過去の山下さんも周囲から見れば、反抗できない後輩に厳しい主任と見え、実際山下さんが大声を出すとイジメに見えた。
しかし学生時代のイジメ被害者が、
山下さんのポジションに立てば、
きっとイジメ被害者も手を焼くと想像している。
「イジメを一緒くたにするな」お叱りを受けると想像する。
寧ろ、自称『被害者』へ、一緒くたにするなと叱ってほしい。
気に食わないと不機嫌になり、注意するとモラハラと揶揄され、論点をすり替えて女性差別だと様々な人へ嘘を撒き散らせば、
聞いた人は実際の現場を見ていないので、なんでもかんでもその場にいない人が悪者にされる。
山下さんが言う、
いじめられっ子にも原因があるとは、
先に被害者だと訴えられたら立つ手がないことを指し、正直者はバカを見るの意味になる。
どっちがいじめられているのか分からなくなり、
それもここは会社。
単純な善悪の二分法では解決できない、職場のパワーバランスの問題が発生していた。
被害者は強者の立場とはよく言ったもんだ。
山下さんは
「立花ならなんとかなるよ」
励ましているのか、退職するので無責任な発言なのか、私には虚言に聞こえる。
山下さんと向き合いながら
「頑張りすぎないように」アドバイスをもらった。
明日から、実質私が1人で2人分の業務を担う。
働き方改革で残業が減ったのに、業務内でこなす分量が2倍になる。
引継ぎをして1週間。
私の辛抱はあとどれぐらい保つだろう。
立花なら大丈夫と山下さんは言ったが、何が根拠か分からない。
なぜなら、本当に毎日が頭へ血が昇り、その内高血圧で倒れるんじゃないかと本気で考えているからだ。
私はボールペンを回していた指を止め、大学ノートは白紙のまま現実逃避したい一心でここにいる。
これから私が闘っていく相手はモンスターだ。
どう立ち回って、相手を抑圧し、周りと順応させるか。否、個人に与えられた業務をスムーズに進められるまでのレールをどう敷いてやるか。
「新卒社員がマシですね」
ボソッと呟く私へ
「だろう?」山下さんは返してくれた。
第二話 4月からの日々
ことし4月。
中途採用で入ってきたのが、内野美波だ。
耳を澄まさないとかき消されそうな挨拶と、
雑談のときの大声はアンバランスで、
人当たりがよく、愛嬌も良い。
「31歳ですが、世間知らずで」
てへへ、と鼻にかかったアニメ声で笑う。
私の先輩、山下さんは主任で33歳。
山下さんと内野さんは年齢が近いのもあり、山下さんが教育係に任命された。
うちの会社は社長が経営する数ある組織のひとつに位置し、庭にある灯籠や墓地の墓石をデザインから加工、販売や納骨までを請け負っている。
小さな会社で、誰が何を任されても出来るようになっているのが特色だ。
私は当時、営業で外を担当していた事情から内部がよく分かっていなかった。
よく分からないのに、内勤の職員から聞く噂話で山下さんを判断していた。
山下さんがパワハラやモラハラしている。
私は現場を見ていないのに、
事務所でそんなことがあったのかと耳に入れ、
「一般論としてハラスメントをする人がいると周りと歩調が合わせられないんですよね」と答えていた。
悪口は周りとのコミュニケーションになって、一丸になれるツールなんだと思う。
というのも、先日、営業先から事務所へ帰ると
「内野さん!何を聞いていたんですか!」
内野さんが下を向いて肩を窄めるのが可哀想で、
「山下さんはあんな風に言わなくていいのに」
もっと言い方があるだろうと思いながら、
外回りは外回りでお客様や取引先とのストレスから私は山下さんの怒る声が不快に感じた。
山下さんは女性に強く出る卑怯な人。
3年間も一緒に仕事をしてきて、こんな人だったなんて知らなかった。
内野さんが廊下に出るとパートさんが追いかけて
「泣かなくていいからね。ドンマイ」
内野さんはいじめられっ子なんだな……。
私は外担当なので、あまり内野さんと会話がなく、
営業の途中にあるコンビニでグミキャンディを買い
「がんばってね」
何も知らないくせに、こうして応援していた。
「もらっていいの?」
内野さんはその場でパッケージを開け、グミキャンディを頬張る。
「味はイマイチかな」渋い顔をする内野さんへ
「そうなんですか?1つ戴いてもいいですか?」
内野さんは自分が口に入れた人差し指と親指でグミキャンディを1つ、袋から出すと
「はい」私の手のひらに乗せた。
「ありがとうございます」受け取り、私も食べてみた。
レモン味が舌に絡みつく酸っぱさが私には嫌いではなかった。
「ね?美味しくないでしょ?」
内野さんは指を袋に入れると、また口に放り込み
「なんだ、少ない。もうなくなったわ」
私はあまり人と関わるのが上手くないし、
内野さんと打ち解けた気分がして、心にもない
「そうですね」を言い、
次はもっと美味しい差し入れをしようなど、その場では思った。
夕方の社内は、
険悪が色づいたかのように灰色の重たい雰囲気で、
pcを打ち込む音がまばらに聞こえてくる。
「内野さん、言っておいた書類の個所だけど、訂正してないのはなんで?」
山下さんの尖った言い方はキツかった。
内野さんは椅子から向きを変え、
「後からやろうと思ったんです」言い返す。
「内野さんの後はいつ?」
「この作業が終わってからです」
「その作業はいつからやっていますか」
「朝からで、まだ終わりません」
「こんなに時間がかかるもんですか」
「だって山下さんが話しかけるから」
「それじゃ、この書類はいつから始めるの?」
「今のが終わらないと無理です」
「いつ終わるの?」「多分、帰る頃には」
山下さんがキーボードから指を離し、
「内野さんは何を考えながら仕事しているんですか」
内野さんは反抗するように山下さんを薮睨みすると
無言で立ち上がり、胸ポケットのペンを床に投げつける。
パートさんは何事もない顔をして、自分の担当に集中している。
外線の電話へも朗らかで、
「お世話になります」など何食わぬ顔をし、
多分、人が不機嫌なときは自分以外はみんな景色と思っていそうな。
低い腹から出す声で
「私が悪いんですか」内野さんは食ってかかった。
「この会社に入って何ヶ月になる?」
「まだ4ヶ月です」「もう4ヶ月じゃないの」
「主任、書類はやっておきますよ」
パートさんが席を立った瞬間、
「今の状況をなんとも思わないんですか」
低い声で山下さんが吠える。
「うちの子と同じ歳の内野さんに厳しくないですか?彼女はまだ若いんです。
主任がやっていることは弱い者イジメで、
内野さんが女だから当たりが強いんですよね」
パートさんも引かない。
あと20分で終業が来る。
見かねた私は、
「もう帰りの掃除や見回りの時間ですよ」
今日も茜空、早く終えて帰りましょうとムードメーカーになったつもりでいたが、
皆の表情は明らかに不貞腐れ、
真っ黒に塗りつぶされた雰囲気は一掃されそうになく、以前はこんなことがなかったのにと昔を懐かしむ。
昔といっても、ほんの数ヶ月前。
小さな会社が和気藹々としていた時期だ。
第三話 かっちゃんは庇う
私と同期入社したのは、
かっちゃんこと勝田直人で、かっちゃんが営業職時代は他のメンバーと飲み食いし歩く仲だった。
かっちゃんは私を女として見てないのが気楽、いつのまにか親友兼同志になっていた。
今のかっちゃんは灯籠や墓石など、石を加工する職人で、現地へ設置に行くなど、私たちはチームだ。
かっちゃんは帰り支度を終え、
休憩室でスマホのゲームをしていた。
「乙〜」私が休憩室に入るなり、
「事務所、ケンカしてなかったか?」
「何でも知ってるんだね」私が声を立てて笑う。
「ま〜た、あの女がやらかしたんだよ」
かっちゃんはスマホから目を離さず告げる。
「あの女って、内野さん?」
「それ以外、誰がいるんだよ」
かっちゃんは缶コーヒーを口にして
「山下さんが気の毒やん。あんなのの世話係。
試用期間中にクビにすりゃよかったのによ」
かっちゃんは山下さんの肩を持つ。
「そうは言うけど、山下さんの言い方はないわ。
内野さんじゃなくても傷つくよ」
咄嗟に出たセリフへ
「立花は何も知らないのか?」「何を?」
「あの女の無能さ」
「かっちゃん、そんな悪口は良くないよ。
内野さん、慣れてないだけだよ。
新人が古参と同じだけ仕事が出来たら、私たちの立場がないじゃない」
「本当に知らないんだ。まあ、いいや。
その内、立花も分かるときが来るよ」
さて、5分前。俺、帰るわ!お疲れ様。
などとかっちゃんは休憩室を出ていく。
私は自分の目で見たことだけを信じたい。
内野さんが山下さんに過剰な叱責を受けているのが私から見た真実で、かっちゃんは他の人から聞いた話を真に受けているに過ぎない。
それに男同士、かっちゃんは山下さんの味方で、
山下さんは主任だ。
山下さん派にいれば、こんな小さい会社でも将来を見越すと不遇な扱いはされない。
休憩室にはロッカーがあり、続々と他の従業員も入ってくる。
心なしか、工場の従業員も事務所のスタッフも皆に活気がない。
険悪が続くと周りまで引っ張られ、面白くないのは当然なのかもしれない。
「立花ちゃん」
パートさんが話しかけてくる。
山下さんの陰口が開始され、内野さん可哀想のシュプレヒコールがする。
内野さんがいじめられっ子でも、自分みたいな味方がいるんだ。何も心配する必要がない。
オトナの世界にもイジメはあってはならない。
弱者を労り、寄り添うのが人であり道徳と演説していた。