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連載: 不幸ブログと現実のキミ⑦

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          第七話
 
 真百合との話し合いの後、私は受け入れようとしている自分へ無理強いしている気がした。



 それは2月の月曜日に起こった。

 大学の掲示板に新たな告発が貼り紙されていた。真百合がお詫びと釈明に書いてあった真百合のカミングアウトは、また他人の経験を盗んでいたという内容だった。

「誰がこんなことを?」誰かの大声がする。

 私たちはその告発を読み進めると、具体的なエピソードが挙げられており、被害者の名前は伏せられていたが、真百合が友人から聞いた中絶の体験を自分の謝罪ブログで語ったと書いてある。

「ブログにあったね」と菜摘が不安そうに呟く。

 学内の子がtwitterにこれらを流す。
告発が広まるにつれ、真百合の立場は危うくなっていった。他のSNSでは彼女への批判が高まり、支持者も減少していく。ファンの手のひら返しは早い。

 私は真百合を守りたい気持ちと、自分がやられた許せない気持ちの間で揺れ動いた。
 真百合から連絡があり、彼女は私たちに会いたいとメッセージしてきた。
「もう一度話がしたい」と。



 カフェで再会した真百合は、いつもとは違う姿でマスクで目元しか見えなかった。彼女の身体が小さく見え、緊張感が漂っている。

「傷つけた人とちゃんと向き合わなきゃいけない。中絶を語ったのは本当に誤ちだった」
涙を流しながら真百合は言い、声は震えていて、
彼女の懺悔が伝わってくる。

「その告発、どう思っているの?」菜摘が尋ねた。真百合は目を伏せ
「正直、怖い。自分の行動がどれだけ人を傷つけたか、今になって気づいた」
言葉には、過去の自分を責める痛みが宿っていた。

「でも、私たちは真百合を信じているよ。これからどうするかが大事だと思う」陽菜が励ました。

 真百合は
「あの告発の被害者から連絡があったのよ。直接会って謝りたい」と言う。
私たちは驚きながらも彼女の決意を優先することにした。

 翌日、真百合は被害者と会うことになった。
彼女は過去の行動について謝罪し、誤解を解こうと努めたいと語った。



 風に枯葉が押し流されている公園に、被害者らしき人物は現れなかった。

「何時にここで待ち合わせの約束したの?」
陽菜が真百合に強めの口調で聞くも
「4時頃だったと思う」と曖昧に答える。
声には不安が透けていた。

「へっ?『思う』じゃなくて。
ていうか、被害者と何でコンタクトが取れたの?」

「twitterのDM」と真百合は言ったが、表情はどこか不安定だった。

「真百合さん、被害者って誰?」菜摘が聞くと、
真百合は「全然覚えてない……」と呟き
「トイレに行ってくる」この場を離れた。

 (こりゃダメだわ)
 私の描いた青写真は、一瞬にして粉々に砕けた。真百合が自分の過去と向き合い信頼を取り戻すと誓う姿が、今は遠いものに感じられる。

「時間も被害者も曖昧ってどうなの」と菜摘が言うと、陽菜は
「謝罪するから緊張して忘れたのかな?」と返す。

「普通、そんなことあると思う?
真百合さんは本当に被害者とここで会う約束をしたの?」

「分からないよ。DMを見てないもん」私が言うと、私たちの表情が曇っていく。
「真百合が戻ってきたらDMを見せてもらおう」

 寒風が吹き、三人はマフラーへ手をかけ、両足を交互に地面へ踏む。真百合はなかなか戻らない。
「あの子、何してるの?」
私はイラついて言ってしまった。



 トイレから戻った真百合は、甘さが濃厚な香水と焚き火のような臭いを漂わせていた。
「真百合って、タバコ吸ってるの?」思わず口に出してしまい、彼女は戯けて「吸わない」と返した。

「来ないものは仕方ないね。もう帰らない?」
さっきとは比較にならない人格で、ハイテンションの真百合が笑った。
カフェで小さくなっていた真百合と違う。

「加害者のあなたが言うことじゃないでしょ。
真百合さん、DMを見せてくれない?」
菜摘は真百合に掌を広げた。

 素直に出したスマホの画面には、差出人のアカウントが映っていたが見覚えはなかった。
この公園に16時と書いてある。

「このアカウントね。誰?」菜摘が問い詰めるも「分からない」と真百合は言った。
「あなたが人の中絶をブログのネタにしているのは周知の事実なの。だから、この被害者は誰よ?」

「はあ?菜摘ちゃんに関係ないじゃん。
ねえ、帰ろ。私が夕ご飯を奢るからさ」
真百合は言ったが、その言葉には逃げたい気持ちが滲んでいる。

 菜摘の瞳孔が変わった。
ケンカになるかもと私が感じた瞬間、
私の横にいた陽菜が真百合の頰を引っ叩いた。

「アンタの反省はウソじゃん」
陽菜の声は低く、怒りに満ちていた。

 真百合の目が大きく見開かれ、彼女の中で何かが崩れ落ちる音がした気がした。
二つの人格が混乱して、どちらが本当の自分なのか、彼女自身も分からなくなっているようだった。