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小説:言葉なき祈り 命を抱いて⑥

 姐さんの企みを聞いたとき、いや、正確に言えば企みを知らずに目の当たりにしたとき。
僕は僕の正気を失いかけた。

 デスクには大量の写真と個人情報の束があり、
杏奈をイジメた連中、男女4人の日常が映っていた。

 姐さんは精肉店や工場を杏奈の復讐のためだけに
こうして手を広げてきたのだと語る。
「湊はやるの?やらないの?」
返事ができないぐらいの本気を見せる姐さんの迫力へ僕は目を見開いて言葉が出ない。

「こういう連中が杏奈を殺したのよ」
姐さんは脇差しを抜き、テープで固定された写真へナイフを刺した。

 茫然としている僕の肩へ山さんの手が伸び、飛び上がりそうになる。
「湊は今日、初めて知ったもんな。早急な返事はできないよな。俺も初めて聞いた」
山さんの声に返事ができない。

「こんなことをして、警察に捕まらないんですか」
場の空気が読めない僕の口は勝手に動く。
「ああ、それね。大丈夫よ。
警察も手を焼く連中だから」
姐さんは牛の解体を依頼されたときと同じ抑揚でサラッと言う。

「イジメだけじゃないんだ」
「どこを突いても悪い話しか出てこない子たち」

 僕は生まれつき紫色の左手を摩りながら、
姐さんの目に滲み出る殺意へ同情した。



 姐さんと家に帰る道中、話を聞かせてもらった。

 写真や個人情報の主たちは高齢者兄弟の家に押し入ったであろう強盗殺人犯で、連中は中学生のときから札付きの悪。警察は状況証拠だけでは起訴できずに、でも犯人はこの子たちしかいない。

 亡くなった高齢者兄弟は、ある検察幹部の叔父だそうで、自らの手で落とせなかったのを悔やみ、水面下で警官が姐さんに相談を持ちかけたと言った。

「法を守る職業と取り締まる警官が?」
ドラマじゃないんだから、と笑ってしまう。
「そうは言うけど杏奈のときだって、
教師は教師の仕事をしなかったでしょう」

 軽トラを運転する姐さんは
「この仕事を湊にやらせるか、私も悩んだのよ。
湊は杏奈の最後の人というか、恋人でしょう。
綺麗なままでいさせた方がいいのか、
杏奈のような犠牲者が出ないように抑止させる業務を担ってもらうのがいいか」

 僕と杏奈のことを知っていた。

「杏奈が死んだ時、湊が倒れた状態を見て、
愛してくれていたんだなって思ったのよ」

 姐さんは、いつか杏奈をイジメた連中へ天誅を下す決意で山奥へ工場を建立したが、杏奈と同世代の女の子を見かけると殺意より杏奈が居ない現実が辛いと話した。