短編: 我が子に思うだけの私
「空欄を埋めよ」の問いに、紙の毛と書いた淳一は、私の手から答案をひったくると勢いよく丸めて開いた。
「この端っこに毛が見えん?」
我が子の強引さに私は不安を覚えた。
紙は繊細で扱いを誤ると簡単に傷む。
幼少期の家庭内でのトラウマが淳一をこんな性格にしてしまったのではないかと考える。
私のせいだから強く叱れない自分がいた。
私たち夫婦は常に喧嘩をしており、特に夫が私に対して強引に意見を押し通す姿を見て育った影響だ。
夫の怒鳴る声を聞きながら、淳一は
「強い意見を持つことが勝ち」と学び、
弱い者は傷つけられると受け取ってしまったのだろう。
紙切れ一枚で繋がった夫婦。
また紙切れで別れもできると離婚に消極的だった私が悪かったのだと思う。
中学生になった淳一は、友人たちとの議論で自分の意見を強く主張するようになり、他人の意見を無視したり、屁理屈で相手をねじ伏せ、周囲からの評価を得ようとしていた。
しかし次第に友人たちとの関係が悪化し、孤立を深めていると担任の先生から連絡をいただいた。
私は淳一を前にして
「先生から電話をもらったよ」と告げた。
淳一はツバを飛ばしながら「僕の方が正しい。アイツは頭がおかしい」と反論した。我が子ながら辟易する。
事の発端は、ある女生徒がラブレターを机に隠し持っていたのを淳一が発見した。
「こんなもん、学校へ持ってくんなよ」
クラスの前で女生徒の手紙を読み上げた。
手紙を紙くずのように扱った。
皆は笑ってくれると思っていたが、手紙をひったくった友人と口論になり、
「お前は相手の気持ちを無視して人を傷つけているんだよ。最低なヤツだ」
周囲の生徒まで加担して、淳一は批判される。
淳一の担任から呼ばれた私は、答案と「紙の毛」を思い出した。紙は時に脆く、時に強い。
淳一の中で弱い者は傷つけられる信念が芽生えたのか、今や自分は被害者だと譲らない。
「先生。ラブレターは学校に必要ですか?
明らかな校則違反ですよ」
強気な眼差しと上がった口角に自信が窺える。
他人の気持ちを無視して自分の意見を押し通し、周囲との鎖を断ち切ってしまった。
腕組みして担任を睨みつける淳一へ、私は育て方を間違えたと悔やむ。この子が本当に必要としているのは、ただの強さではなく、他者を思いやる気持ち。
正しさや強さは優しさなのよ。
「情緒を大事にして」
でも口に出してしまえば矛盾がある。
紙のように柔軟でありながらも、しっかりとした調和を築く力を持ってほしい。
「ママ、僕は間違っている?」
不意に淳一からママと呼ばれ、担任は私から目を逸す。家庭の教育が悪かったと言わんばかりの、そして私に逃げようがなかった。
( ※ 練習中です。こちらは提出しません )