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病弱ちゃん〜オマージュ〜
規則正しい生活や栄養価の高い食事。
しっかり運動すれば病弱から解放されると、誰が言ったのだろう。
デタラメな生活をしている人たちも元気なのに、
私ときたら何をやっても病気になる。
早寝早起きの生活は、クラスのみんなが観ているテレビの話題について行けず心が沈んでしまう。
栄養価の高い食事は胃もたれやお腹を下してしまい、太れない。
「あかりに水泳を習わせよう」
パパが言い、ママも賛成した。
スイミングに行った夜。高熱と咳が出て翌日は学校を休む羽目に。
私は無事に中学生になれるのか不安になり、ネットの『知恵器』へ相談しても、大人たちはパパやママと同じ意見しか書いてこない。
大人って何年生きたら知恵や知識が増えるのかな。
今日も窓から校庭を眺めると、元気にドッジボールをする子どもたちの声が響き、ボールが当たっても笑っている姿が眩しく見える。
「私もあの中に入れたら……」
願望は叶わぬ夢のまま。
外に出ると、疲れが増して立ちくらみがするので、私は自分を『病弱ちゃん』と呼び、自分を慰めた。
春のクラス替えの日。
外で遊ぶクラスメイトの中に元気いっぱいの男の子、拓実を見つけた。
拓実はお調子者で、サルの真似をして周囲の子どもたちを笑わせるのが得意。
ドッジボールでバク宙する彼に感動し、思わず拍手を送った。
「もっと近くで見てみたい」
思い切って運動場に出てみた。
しかし外に出るとすぐに体調が悪くなり吐き気がした。
「大丈夫かよ」と拓実が気づいて近寄り
「おい、また倒れたの?」冗談を言う。
私はムカッとして
「倒れたのは拓実くんのせいよ!」言い返した。
拓実の表情をじっと見つめると、笑いがこみ上げてきた。
拓実は自分の顔を触りながら「何かついてる?」
慌てる仕草が面白い。
「うん、目と鼻と口がついてるよ」
「それがなかったら俺はのっぺらぼうのお化けじゃん」これがきっかけだった。
私が体育を休んでも、校庭から
「病弱ちゃん!」手を振ってくれる拓実がいる。
駆けっこで一番になると
「見たか⁈」とバク転を見せてくれる。
拓実は私の病気を気にせず、むしろ私を笑わせるために全力を尽くしてくれる。私が好きなアイドルのモノマネや奇妙なダンスを披露して、私を笑わせてくれた。
夏休みが近づくある日、夕立の後。
家の廊下は湿度が高く、身体が重く感じる。
「暑いの嫌〜い」とエアコンの効いたフローリングに寝そべっていると
「病弱ちゃん、特訓しよう!」
玄関から大声が聞こえ拓実が自転車で訪ねてきた。
「拓実くん、塾は?お家は大丈夫なの?」
「ああ、今日は平気な日だよ。それより特訓しよう」
「特訓って何?私、体育が難しいのに」
「いいから、俺についてきて」
拓実は自転車を置き、私を近所の公園へ連れて行った。
夏の夕方、アブラゼミが鳴いている。
「そろそろ話して。特訓って何?」
拓実は得意げな顔で「発表です!」宣言した。
特訓の内容は、私の体力をつけるための笑いヨガ。
「笑いのヨガって、初めて聞くよ」
「だろう?俺が一晩中考えたんだ。嘘だけど、昨日塾の間に思いついたのさ。病弱ちゃんが元気になるにはどうしたらいいかって」
「服が汚れちゃうよ」
「ママが洗濯してくれるだろ」
拓実は笑いながら言った。
「いい?病弱ちゃんは俺の真似をして」と言い、
拓実はゾウやゴリラの真似を始めた。
変なポーズと可愛い仕草を交互に見せる拓実。
「口元だけで笑っちゃダメだよ。ほら、たくさん息して声を出して」
「だって恥ずかしいじゃん……」
「今更何言ってんだよ〜病弱ちゃん」
拓実の笑い声に、私は自然とつられて笑った。
私たちは公園で大声で笑いながら特訓を続けた。
笑っているとお腹がヒクヒクして、少しだけ強くなれた気がした。
突然の豪雨で遊具の中に避難し
「秘密基地にいる気分だね」拓実が言う。
雷雨になると稲光がするたびに怖くて、狭い遊具の中で拓実の膝が当たると沈黙が訪れる。
「怖いんだろ?怖いから叫ぼうぜ」
二人が大声で「怖い!」叫ぶと、なんとも言えない爽快感が広がった。
夏休みの最終週、毎朝ラジオ体操に参加できるようになり、拓実のおかげで身体も心も少し強くなった。
前より外に出るのが楽になっていた。
秋には新しい自転車で拓実とサイクリングに出かけ、学校の裏山でドングリを拾い
「宝物にしようね」約束した。
茶色が混ざる落ち葉を胸に抱え
「おめでとう!」
何もおめでたいことがないのに、二人で笑いながら空へ投げた。
しかし私は終業式と同時に入院することになった。元気になったと思い、調子に乗って階段から落ちて足を骨折してしまった。
2月には国立大附属の入試が控えていて、パパやママの焦りが見て取れたが、拓実だけは毎日お見舞いに来てくれた。
「一緒に合格しよう。病弱ちゃん、ね?」
たった15分しかない面会時間に励ましてくれた。
年が明け、いよいよ退院を翌日に控えた日。
拓実は病院のベッドで
「病弱ちゃんのための特別コンサートをします!」と言い、小さな患者たちを巻き込んでお笑いライブを始めた。
集まったみんなが笑い、私も笑った。
笑いすぎて看護師に
「静かにしてください!」怒られてしまった。
「明日は卒業式だね」
拓実と一緒に塾へお礼を言いに行き
「4月からもよろしくね」握手した。
肌寒い空気の中、桜が咲いている。短い期間にたくさんの花をつける桜は、この日のために一年間エネルギーを溜めているのかもしれない。
「拓実はどんな医者になりたいの?」
多忙な時期に式を挙げ、私たちは学生結婚した。
同じ大学にいてもすれ違う日々。会話の時間は貴重で、昔のように笑いの絶えない日々が懐かしく、実習やレポートへ費やす体力は病弱だった私が嘘のようだ。
しかし私は“病弱ちゃん”でも楽しい思い出がたくさんできたことを実感する。
「あかりみたいな病弱な子どもに寄り添える医師。あかりは?」
「私は拓実みたいに将来へ夢を与える医者かな」
枕元の拓実に囁く声が、激情的な息遣いの中で消えてゆく。
※ オマージュの許可をいただいております