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連載: 駄菓子屋ひなた堂の日記②
「チリン」
自転車のベルが遠くで響き、駅に向かう足音が重なり合う。その音で目を覚ました。
駅が近いと車だけではなく自転車や人の往来に音が重なり朝が来たのが分かる。
娘の和紗にお弁当を作らない、見送りもない今は、石油ストーブの前に座ったまま一時間はすぐに経つ。
それでも昔は新聞を取り、読んでいた。
しかし年も四十五になると老眼が出て文字が見えにくい。老眼鏡をかけてみるも、文字はぼやけて焦点が合わない。
あれだけ拒んでいたテレビをつけ、ぼんやりした頭でニュースや関東中心にしたお得な情報を眺めている。
昔は地方に住む私に関東ローカルが何のためにこんな田舎へ流れているのか理解していなかったが、
和紗が進学してからは、和紗が住む東京を身近に感じる道具。
明け方走り回った猫のマルコはソファで熟睡し、
寝息を立てる静かな朝。
情報番組が送る占いを見て、根っこが生えたお尻を上げて身支度を始める。
白髪交じりの髪を束ねながら、鏡に映る自分を見つめる。窓の外では駅へ向かう人々の足音が響き、心に少しの安心をもたらす。
店先を箒で掃きながら、乾いた風が頬を撫でる。ガラス窓を拭くと、外の景色がクリアに見え、通り過ぎる人々の顔が映り込む。昔の思い出が蘇り、心へ活気が広がる。
色とりどりの駄菓子が並ぶ棚を整え、手に取った駄菓子の包み紙の香りが、幼い頃の記憶を呼び起こす。白木のカウンターを拭くと、木の温もりが手に感じられ、心が落ち着く。半分だけ空いたシャッターを全開にする。
昼間は年配のお客様が多い。
女性のお客様は「懐かしい」と自身のエピソードを友達と共有している。彼女たちの話に耳を傾けながら、私も自分の思い出を自分に語る
フリースペースからヤスさんが
「あの頃はさぁ、ここに人が溢れてたんだよ。覚えとるかい、奈々ちゃん?」
「覚えてますよ。夏祭りの提灯の明かりが、今でも目に浮かびます」
ヤスさんがご婦人達を微笑ましそうに見る姿で、
私もあの日の喧騒を思い出した。
近ごろは昼過ぎになると両親が入居する特別養護老人ホームから電話がかかってくる。父と母がインフルエンザに罹ったらしい。うちからは遠い、両親が望んだ施設は細かいことを確認や報告してくれて、私としては助かる。
「平熱になったんですね。お世話様です。
よろしくお願いします」スマホを耳につけたまま、私の頭を一緒に下げる。
夕方になるとまず、高校生が店で溢れて、フリースペースでは宿題などの勉強を始まる。
娘より歳下の女子高生から奈々ちゃんと呼ばれて、
一緒にSNS用の写真に収まり、若いっていいなと自分にもあった時代を忘れてしまう。
日が暮れる頃には塾前の小中学生が混ざり、
雑貨コーナーでは
「早くピアスを開けたいな」
「え〜、耳たぶに穴を開けるのは怖い」
私も昔はそんな会話をしたなぁと、時代は変わっても、子どもたちの夢や不安は変わらない。
フリースペースでは、椅子やテーブルからあぶれた子ども達が床に座り込んでスマホから目を離さない。昔の子どももゲームに夢中だったな、時代は変わってない。
ただ、時代の変化を大きく感じるのは、今の子ども達はやたらとマナーがいい。
飲食した物を片付け、「ごちそうさま」と聞こえてくると、現代の親は会社で気遣いしながら過ごしている光景が浮かんできた。
他人のマナーが悪く、自分は人へ迷惑かけたくない。そんな気持ちから我が子を躾けてきた様子が窺える。
「うちの和紗もちゃんとしてるかしら……」
母としての自分の役目が終わりつつある気がして少し寂しい。でも、こうして東京に送り出せたのだから、きっと大丈夫だと信じてみたい。
店のシャッターを下ろしながら、様々な角度からの街灯が空を染める今日も無事に一日を終えたことに安堵した。