掌編: 白い羽が降るころ
雪が降るのを、白い羽が隙間なく降りてくるようにキンクマには思えた。
きっと良いことがありそうな、亡くなった遥香がいる天国からの贈り物じゃないか。
遥香はまだキンクマやタツジュンを忘れずに見守ってくれているとさえ思った。
キンクマはハムスターだ。
ネットで検索すると、そろそろ自分に寿命が迫っているのを知り、遥香のことばかり考えるようになった。
遥香の夫で、キンクマの飼い主であるタツジュンをひとり、三軒茶屋に置いて逝くのは忍びないが、
遥香がキンクマを待っていてくれるのではないかと思えば、自分が白い箱になって仏壇の中央へ鎮座するのも悪くない。
死ぬときはどういう気持ちになるのかな。
雪が降って、道路で透明になるように全てが消えていくことなのかな。
それとも、枝にある雪みたいに心は残るのかな。
出窓に両手をつき、空から断続的に落ちる雪を眺めるキンクマの背中を見るタツジュンは
「おい、そこにいたら寒いだろう。
風邪をひいたらどうすんだよ」
戯けるように言葉を発したが、なんとなくキンクマが何を考えているのか分かり、やるせない気分に陥った。
キンクマまで居なくなったら、本当に自分は独りぼっちだ。去年、キンクマが孤独から出ようとしないタツジュンに憤って言った数々のセリフと答え合わせになる。
キンクマの言葉は正解ばかりで、他者とコミニュケーションを取って来なかったタツジュンへ、ツケとして追いかけて来る。
「ドライフルーツ、食うか」
キンクマに声をかけてもうわの空か、かすかな返事しか戻ってこない。
手のひらに収まるほどの小さなハムスターが自らの生死を巡らせているのかと想像するだけで、寿命というのは残酷な現実だと思う他ない。
「タツジュン。また、あそこにある桜が春になったら咲くのかな」
「咲くに決まってんだろ」
「今年も見ることができるかな」
「当然でしょう」
出窓から雪空を仰ぐキンクマの姿へ、タツジュンは大きな涙を溢した。