小説:言葉なき祈り 命を抱いて⑨
今夏は酷暑が続いたせいか、柿などの果実が例年より収穫できないらしい。
「干し柿作れるほど、柿がならんかった」
パートたちが雑談しながら手を動かす。
「山に食べ物がないとイノシシが下りて来るかも」
「畑が心配になるね」
そうかと思いながら動物の皮を剥いでいると
猟友会の人から電話があった。
「湊さん、早よ来てくれって言われていますよ」
「早くと言われても」
いつもなら畑の隅にある箱罠なので、急かされることがない。大物がくくり罠にかかったのかもしれない。
「クマが田に出たと言いよりますよ」
「えっ?」
毎年パートに来てもらっているベテランに皮剥ぎを交代してもらい、電話へ出ると
「田んぼにクマが出とるんじゃ。
アンタ、知らんのね。菊川さんから聞いとらん?」
厳しい声で猟友会の人に言われ、急いで事務所に置きっぱなしのスマホを開くと、姐さんと山さんからたくさんの着信履歴があった。
そうか。
箱罠で捕獲して、解体はうちの工場がやるのか。
呼ばれた意味が判った。
姐さんや山さんから電話が来る。
「まだ遠くにいるから。湊、行ってくれ」
まだクマの経験がない。精々、130キロのイノシシを持って帰るぐらいで「クマか……」
クマの捕獲はクマ撃ちできるハンターが存在し、
非常に特殊な動体視力と的確な判断力を要して、日頃、イノシシや鹿を撃つ猟友会のメンバーとは異なる腕がある。
「一発で仕留める」
銃弾一発を外してしまえば、クマは時速40〜50キロもの速さで、軽自動車に追いかけまわされるのと同じ。クマの鋭い爪で頭部や身体を抉られる。
クマ撃ちハンターは生死を賭けてクマと対峙する。
猟友会の高齢化でクマ撃ちができる人間は希少価値だ。県内にそんな技術のある人がいるのか、クマに襲われたら。
ハンドルを握る手は引き返したい気持ちと、クマの捕獲が見てみたい好奇心が交錯する。
山道を下り平野部には延々と田んぼや草原が広がり、クマが出た近くになると通行止めになっていた。数人の警察官が迂回を促している。
「すみません。
猟友会から呼ばれた菊川精肉工場の者です」
狩猟へ出る、オレンジ色のギャップと蛍光色のベストを着ていても、警察官が確認するまで待たされ、南方の路肩へ駐車して猟友会などと合流してほしいと言われた。
「皆んなはどこにいるのだろう」
車から見える範囲でまずは人を探す。
迂闊に車外へ出て、クマと会ったら殺されてしまう。
「菊川から来ました。今、現場にいます。
皆さん、どこへいますか?これから合流します」
連絡をくれた猟友会のメンバーに電話した。