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 この国では西暦1600年頃から、富裕層にはタトゥーを彫る文化が根付いていた。

 王様や富豪の背中には力強い昇龍が描かれ、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
 第二次世界大戦の激動の時代には、名将の腕に観音像が浮かび上がり、その姿は勇気と信仰の象徴だった。

 2000年を迎える頃には、タトゥーのない人に対する偏見が広がり、街のどこを見ても誰もが身体に何らかの彫り物を持つのが当たり前になっている。

 ネットには「底辺がタトゥーを入れると品位が落ちる」「タトゥーを入れても貧乏は貧乏」といった冷酷な言葉が飛び交い、生活保護費をタトゥーに使うという社会問題までも囁かれていた。

 瑠偉は薄暗い部屋で借金まみれの親と共に育った。食卓にはいつも質素な食事しかなく、彼と飢えは常にセットだった。

 母親がパートで働き、奨学金を得て大学進学を果たした瑠偉は、弁当屋とホストのバイトを掛け持ちし、必死に生計を立てていた。

 瑠偉にはタトゥーがなかった。
タトゥーがないとは、社会的なステータスが欠けていること。
 整った顔立ちと人当たりの良さを持ちながらも、客は瑠偉に心無い言葉を投げかけた。
「あの人ってビンボー?」「不良なのかしら?」
瑠偉の存在を否定する。


 瑠偉はついに貯めたお金を握りしめ、決意を胸に左手首にヒヨコのタトゥーを入れた。
 小さなヒヨコは、彼の初心を忘れないための象徴だった。

 煌びやかな夜の街で左手にあるヒヨコは彼に少しの自信を与え、気持ちに明るい光を灯し、
ようやく社会へ溶け込める安堵があった。

 弁当屋のバイトを辞め、ホストに専念すると収入は格段に上がり、大学3年になる頃には両腕に森や牧場のタトゥーが施され、瑠偉の身体は自然の美しさが拡がる。

 でも社会人になった瑠偉は、成功を収めるにつれて、自らがタトゥーに隠れていくことに気づいた。

 タワーマンションの屋上階に居を構え、外車を乗り回し、数千万円の宝石が輝く腕時計を身に着ける。首から下は派手なデザインで覆われ、かつてのヒヨコは見えなくなってしまった。

 周囲の期待に応えようとするあまり、瑠偉は自分を見失う。

 派手な生活の裏で瑠偉の心は空っぽ。
成功を手に入れたはずなのに孤独が占拠している。
 過去を思い出すたびに、あの小さなヒヨコのタトゥーが心を重くする。

 瑠偉は成功の代償として大切なものを失ってしまった。ヒヨコのタトゥーは自分の過去を表すものであり、今やタトゥーという存在そのものが心や自由を縛る枷になっていた。

 そもそもいつまでタトゥー文化を継承するのか。
 1600年ぐらいから続く、肌のイボやシミ、ホクロなどの不都合を消してしまう文化。
1899年になると、外国との交流を意識して、積極的に黄色味がかった肌を隠す令を出してみたり。
2000年になっても消えない偏見や差別はダイバーシティと逆行しているのではないか。

 瑠偉は豪華なペントハウスの窓から夜景を眺めながら、自分の傍から消えてしまった心のヒヨコの姿を思い描く。

 無数に散らばる街の光は、瑠偉の闇を照らすことはなく、ただ冷えて輝いているだけだった。

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