小説:言葉なき祈り 命を抱いて③
あの日までは。
姐さんには娘がおり、僕より3つ歳下の、雑誌から出てきたようなロシア人の血が混じる、とびきりの美少女だった。
世界中を旅していた姐さんは娘を産むのに帰国して、姐さんは娘が成人になったらまた旅に出ると話していた。
娘は杏奈といい、僕と同じ不登校で家にいた。
杏奈に不登校の理由は聞かなかった。聞かなくても杏奈にロシア人の血が混じっているのがイジメの原因と推測され、訳を聞いて杏奈を悲しませるより、今が楽しければいいのではないかと思った。
姐さんには親がいるので、その親も僕を杏奈と同じように可愛がってくれ、姐さんの実家で正月を過ごし、僕は他人の家族から人間らしい暮らしを教わった。
杏奈は狭い世界に住む僕の初恋の人。兄妹のような育ち方をしても、妹と思えなかった。
蚕の繭を人の形にしたような、額から足の先まで真っ白な杏奈と並んでゲームをする。
杏奈へ僕が勉強を教える。
姐さんが商工会議所へ行き、帰りが遅い日は二人でご飯を作って、一緒に風呂へ入る。
「夜は怖い」と杏奈が言うので、隣に布団を敷いて一緒の部屋で寝てやる時は、心臓が異常な速さで全身に血液を回しているのが体感できた。
僕が15歳、高校進学が決まった春。
杏奈は12歳で
「私も中学に通おうかな」
決心を姐さんや僕に語った。
姐さんが町内会でお花見に行って、帰りが遅くなると電話があった日、杏奈が足を引き摺りながら帰宅した。
「テニス部の仮入部へ行って、失敗しちゃった」
杏奈に詳細を聞こうとも、大したことないと会話を拒むので、運動不足が祟ったのかもしれないと、二階へ上がって行く杏奈を黙って見送った。
それからは杏奈から学校の様子を尋ねたことはなかったが、杏奈が中学1年の後半から生傷がない日がなく、
「体育で転げちゃった」戯けて見せる杏奈は嘘をついていると感じた。
新品のシューズが頻繁に杏奈の部屋にあり、新品を買ってきた日は杏奈はいつもより強く僕との関わりを避け、教科書や学校指定のリュックやジャージは綺麗なままで、地味に目立たないところが欠損していく。
「もしかしてイジメを受けているのでは」
杏奈へのイジメが陰険なのだと悟る。
僕と杏奈がそれぞれ3年生に進級し、明日から新学期。杏奈が珍しく「学校に行きたくない」と言い、
僕は行かなくても、高校卒業するぐらいの勉強は教えてやれるよと告げた。
春休み最後の日は杏奈が僕から離れず、耽美で真っ白の杏奈は僕に膝枕を要求すると
「愛しているのはママと湊だけ」
僕の上で杏奈は涙を零し、両腕を使って僕の上半身へ腕を絡めると声を出して泣いた。