ガラスの仮面・魂のかたわれ
梅の花を見ると、梅の谷を想起し
『ガラスの仮面』50巻はどうなったに着地する
梅の花といえば、『ガラスの仮面』のテーマ
演劇「紅天女」に行き着くからで
『ガラスの仮面』50巻への想い
約10年前
『ガラスの仮面』50巻が出ますよ→中止
ずっとファンは新刊を待ち続けている
このまま50巻以降は幻に終わり
49巻までを各自が妄想を膨らませ
ファン同士が語り合うコースを辿るかもしれない
正直、わたしの中では結末の要点を知れば
満足するほど待ちくたびれた
上記に『ガラスの仮面』の主題は演劇と書いた
人によっては主人公・北島マヤと
マヤを陰で支える、紫のバラの人・速水真澄との
恋愛と読む人がいるかもしれない
マヤのライバル
姫川亜弓と紅天女までのプロセスかも知れない
努力だけをクローズアップする人など
速水真澄の婚約者、鷹宮紫織が放つラスボス感から
目が離せないわたしがいて
だが結末だけ、そこだけ知りたい
50巻以降が一気に発売されても全巻買うから
「最後はこれかぁ」ラストを知り
そして50巻から読むかも
『魂のかたわれ』への主観
『ガラスの仮面』には「魂のかたわれ」
このワードが出てくる
主人公・北島マヤの魂のかたわれは
速水真澄かもしれない
でも、わたしにはマヤの魂のかたわれは
姫川亜弓じゃないかと思える
マヤは紫のバラの人へ感謝をしつつ、恋心がある
しかし
共闘してきた亜弓の存在があったからこそ
経済的な挫折などは真澄が支えてきたとて
亜弓がいたので精神的な挫折を乗り越えた気がして
マヤを根幹から支える軸は
「でも、わたし お芝居が好き」
マヤは天賦、天性、天才といっていいものがある
一方の亜弓は出生から“全部”が恵まれた
実社会にいる政治家二世や芸能人二世
何をやらせてもできる器用な人だが
実際のところは「努力の天才」
よって、演劇や演技をするのも好きだが
大物と呼ばれる両親を持つ背景や
マヤを見て「あの子に負けたくない」
亜弓の根幹にあるものだと思う
同じ天才でも異なる気質の天才は
ライバル心があっても、意地悪はしない
むしろ、マヤを芸能界から追放したヤツを
演劇を通し、正当な形で叩き潰した亜弓
魂のかたわれは、一方の魂が傷つくと
自分も怒り酷く傷つく
亜弓は梅の谷でマヤを見殺しにしそうになり
自分の嫉妬心に初めて挫折した
マヤは亜弓の気持ちを知り、傷つく
互いが紅天女を目指すには、互いが前を見て
マヤと亜弓はそれぞれが努力で、同じ目標ヘ向かう
この過程が2人の幸せに思えてならない
「魂のかたわれ」は、自分を成長させてくれる人
気づきを与えてくれる人のように思う
真澄もそうなのだが
はっきり言って、真澄のせいでマヤの母は死んだ
人が大事にしている人や物を壊す人は
どんなに支援をしてくれても、付き合いたくない
魂のかたわれは、互いが別々の場所で
知らず知らずに精神を助け合い
依存することがなく、見返りやお返しもない
あるとすれば
「あなたの存在がわたしを活かしている」
『ガラスの仮面』わたしにとって
『ガラスの仮面』は、わたしがマンガを読み始めた
小学1年生時代、既に書店へ並んでおり
人生の大半を『ガラスの仮面』と過ごし
演劇や恋愛以外で多岐に渡る様々な影響を
わたしへ与えてくれたマンガ
梅の花と聞くだけで、紅天女を思いつくわたしの
魂のかたわれは『ガラスの仮面』かもしれない
そこは人間じゃないのね
レオ氏がいて、幼なじみ2人がいる
それだけじゃない、わたしは人に恵まれた
だから人間じゃないよ、わたしには神だもん
『ガラスの仮面』50巻が出たら
リアルやネット、それぞれと語り合うだろうな
『ガラスの仮面』なら1万字書けると思う、梅の花