小説:言葉なき祈り 命を抱いて⑧
父さんの新しい家族と僕の居場所のない家、
杏奈の復讐を誓う姐さんに着いていく決意を固め、
家を出たその足で役所へ行き、父さんたちと分籍した。
もし父さんが鬼籍に入っても、今いる子どもたちが僕を探してまで相続をするか、そもそも相続するだけの資産があの家にあるかと考え、分籍するデメリットが見当たらない。
「これでいいんだ」
家庭に灯油を備蓄して冬を迎える頃だった。
11月も半ばになると猟期へ入り、うちの工場は臨時のパートを雇うほどの繁忙期になった。
姐さんや山さんから復讐計画の話は聞かないし、
僕から話を振るなどもなく、土日曜日の休みを返上して、猟友会の人が撃った動物を精肉に替える。
箱罠に入った動物を捕獲に行く。
猟友会は高齢者が多く、早朝からスマホで
「捕獲に来てくれ」など依頼があり、山さんと別行動が増えた。
飯を食う時間があれば幸い。深夜は0時を回るのがデフォルトになっていく。
100キロ級のイノシシが獲れると
「コイツが車に突っ込んだら、普通車でもお釈迦だな」軽トラまでイノシシを引っ張りながら思う。
成猫ほどの大きさのアナグマは、見た目は可愛らしいが、人間の指を食いちぎるだけのパワーがあり、どんな動物も脅威で油断はできない。
猟友会の人たちと
「イノシシでこれですからねぇ」
「クマが出たら往生しますわ」
「やるか、やられるかだろうな」
街中に出たら猟銃を使うのは鳥獣保護法で禁じられており、箱罠にして入ってくれたら運がいいよな、と話し
「クマが出ませんように」冗談混じりの談笑をするほど、イノシシや鹿なども梃子摺る。
イノシシや鹿の肉はジビエなどの料理店やお歳暮として思いの外、需要があり、イノシシに関しては生殖器に人気がある。
「一度冷凍して解凍させたものを細切りにしてポン酢で食うと上手い」
個人で食べる分は自己責任ということで、生で食うのが怖い人は燻製にして食べたりと、噂を聞いた一般客からの問い合わせが絶えない。
イノシシや鹿の皮や角も取引先があるほど、捨てるところがないのと、猟師も一般客も当たり前のように動物たちへ敬意と感謝を込めて丁重に扱っている。
この仕事に従事して、何度か
「サイコパス」と揶揄されたが、サイコパスは敬意と感謝を込めて殺人をしているのかと訊いてみたい。
仕事は何でも誰かが担わないと人間の生活へ不便があるのではないかと思う。
無知と想像力がないから、平気でサイコパスと他人へ投げかけている無神経な人はどこへでもいる。