小説:言葉なき祈り 命を抱いて④
高校3年の始業式は昼で終わり、満開の桜並木をのんびり歩いて帰っていた。
真っ白な杏奈なら、この桜の下が映えるだろう。
コスプレイヤーのような杏奈は、芸能事務所からスカウトされるかもしれない。
ポケットが僅かに振動する。スマホの表示は姐さんからで
「すぐに第一記念病院へ来い」とある。
まさかとは思うが、杏奈がイジメで怪我をしたのかもしれない。ともかく今の位置から走って病院へ駆けつけた。
「菊川の家族です」
杏奈の苗字を病院の受付に伝えると、
廊下の突き当たりへ行くよう指示され、
僕は杏奈が「手術を受けたのか」
頭を掠めて足早に言われた通りに進む。
院内のコンビニや採血室、レントゲン室などの扉がある廊下は混雑しており、突き進み、『救急治療室』と書かれた扉を開け、長い廊下の先に灯が見えた。
50メートルに感じる廊下の先には医師や看護師らしき人々が忙しく動く様子。
廊下には左側に幾つも家族の待機場があり、
右側はピンクのカーテン、待機場は誰もいない。
走って、人が集まる部屋に入り込み
「菊川の家族です」大声を出すと、薄いピンク色の上下を着た医療スタッフが
「こちらへ」
さっき来た廊下の端の部屋へ案内してくれた。
カーテンを捲る、手前のベッドにうつ伏せで座る姐さんと姐さんの背中を摩る杏奈のおばあちゃんが僕を見た。
部屋に入ると、端に杏奈のおじいちゃんが茫然として杏奈を見入っている。
杏奈は眠った顔で、真っ白な肌が鬱血していた。
「杏奈」僕が呼ぶと姐さんが叫ぶように号泣する。
杏奈のおばあちゃんが
「公園のトイレで首吊りしていたのを発見されたけど、運ばれたときはもう」
僕の意識が戻ったとき、杏奈は葬儀場へと搬送されて、杏奈のおじいちゃんが僕へ付き添ってくれていた。
杏奈の通夜から火葬、初七日までの記憶があまりない。
どうやって生きていたのか、魂が身体に付かない時間の中で僕は高校を卒業し、姐さんが新規で始める精肉店の初期メンバーとして働く決心をした。
杏奈が居ない今、姐さんを支えられるのは僕しか知らない。
姐さんの実家は僕が想像するより豪奢で、名家の一族だと人は言った。
杏奈のおじいちゃんは財界の著名人ゆえに、姐さんが雑貨屋を閉じ、精肉店を始めるのは易しかった。
姐さんは杏奈の死後、イジメ被害の会や自死の遺族会などのメンバーになり、仕事と並行して熱心な活動をしていた。
休む間もなく姐さんは町から離れた限界集落にだだっ広い工場を建て、僕を工場長として据えてくれた。
杏奈が亡くなり5年が経過していた、22歳の春。