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小説:言葉なき祈り 命を抱いて①

 無我夢中で棒を振り下ろすと、同行していた山さんに「お前、力の入れ過ぎ」
倒れたイノシシは両眼が飛び出していた。

「止め刺しは俺がやるけん、湊はその辺にある道具を保冷車に積んで」
 山さんは「ごめんな」とつぶやき、イノシシの首へナイフを入れた。

 箱罠に沿った畑は、イノシシによって見るも無惨に掘り起こされて地雷が爆発したように、土は隆起し、野菜も原形を留めていなかった。

 体長1メートル足らずのイノシシは、80キロもある大物で、猟師が箱罠やくくり罠を仕掛けて捕獲した動物はうちの会社へ処理を依頼してくる。

 帰りの車内で
「動物が可哀想ですよね」僕の本音が漏れる。

 山さんは左手でギアチェンジをしながら
「米や野菜が今以上に高騰していいなら言え。
米なんか去年より千円も高いんだぜ。
給料が上がんねぇのに、食いもんは値上がりする一方なら空気でも食っとくか?」

 僕は山さんの視線を感じ、俯いた。
捕獲した動物を無駄にしない。角や皮まで需要があり、動物を無闇に殺すのではなく供養の気持ちを持っている。

 猟師はもれなく動物を捕獲すると
「ごめん」
口から出る。言わない人がいない。

 人は人を叩いて蹴っても詫びを言わないし、反応が薄いと怒り出す。
悪口は自己正当化の下にあり、人の心を笑いながら殺していく。

 死んだイノシシを工場まで持って帰るとモルタルの床に置き、高圧洗浄機で身体を洗う。
ゆっくりと這い出るマダニがゴマを散らしたように出てくる。
イノシシの四肢を掴み、丁寧に隅から隅まで洗ってやり、どんな生活をしていたのか僕は想像する。

 また一件、猟師からの電話があり、僕はイノシシを他の人へ任せて山さんと捕獲へ向かった。

 この会社は姐さんと呼ばれる女の人が経営し、姐さんも深夜帯まで現場で働いている。
家に引き篭もっていた僕を、救ってくれたのが姐さんだった。

 山奥にあるだだっ広い工場兼事務所には全国から精肉の注文が入り、精肉部門とペットフード部門に別れて6人のスタッフがやり繰りしている。

 町まで降りてコンビニへ寄ると
「アンタのところは景気がいいね」と声をかけられ、無言で聞き流す。

 右耳のイヤホンから
「栄町に急行」と指令が入った。

 薄暗い町へカラスの鳴き声が侘しく響き、添えるように小鳥の囀りがする。

 檻に見える箱罠にはふかふかした毛皮のアライグマがいて、僕と山さんは金属バットと電気棒を持ち、威嚇してくるアライグマへ通電し、箱罠からアライグマを引き摺り出す。素早くアライグマの頭へ金属バッドを振り下ろし、気絶したところであらゆる部位をガムテープで巻いて固定していく。

 目撃していた怯える男子学生がおり、彼の肩へ手をやり、頷く。
男子学生は一礼して、この場から離れた。

 僕は生きたままのアライグマを保冷車に詰め込むと、青いビニールシートを掛け
「もう二度とイジメられませんように」アライグマの未来を祈った。

 日が暮れて工場に到着すると、捕獲したイノシシと並ぶアライグマはまだ寝ていた。