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『漂着ちゃん・最終回』ももまろversion

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 白目を剥いて微笑む死に顔。
現場にいた者たちはエヴァの死亡を理解し、険しい雰囲気に包まれながら皆が慌ただしく動き始めた。

 私にはエヴァがどう見ても微笑んでいるようにしか見えない。

 胸に刺さったままのナイフ。凄惨な血の流れとエヴァの微笑は美しささえ覚える。

 エヴァを失くした悲しみよりも、私が真っ先に思ったのは「なにを考えて死んでいったのだろう?」ということだ。

「イサクくん、ちょっと」
 ナオミの背中を摩るイサクに声をかけた。

「エヴァさんの顔をよく見てくれ。お母さん、笑ってないか?」

 実母の状況へイサクは表情を変えると
「アンタ、他人事だね。
自分の妾が死んで言うセリフかよ。
誰のせいで母さんは死んだと思ってんだ。
どこまでもふざけた野郎だな」

 エヴァの脈をとる本妻の子、マリアまで
「そうよ、お父さんは結局何もしなかった。今だけじゃない。いつもそう。
事なかれ主義に無責任と来たのね、本当に酷いわ」


 
 収容所からは相変わらず轟音が聞こえる。最初は気のせいだと思ったが、轟音はますます大きくなっていき、音の聞こえる方向からヨブが血相を変えて、こちらへ走って来るのが見えた。

「父さん、たいへんです。収容所が……」
息を切らしながら、ヨブが言う。

「収容所が、収容所が……」

「収容所がどうしたんだ?」

「収容所の扉がすべて開放されて、建物にいるすべての『漂着ちゃん』が皆、こちらに向かっています」

「所長は?所長の指示で、施設の施錠がすべて解き放たれたのか?」

「そうかもしれません。僕が収容所の地下室へ向かおうとしたら、地下室の扉は大きく開かれて、そして所長は『エヴァの代わりなら、たくさんいるぞ』と」

「代わりならたくさんいる?いったいどういうことだ?」
 
 ヨブは怯えた面持ちで、
「おそらくですが……いや、まだ自信はありません。何人かの『漂着ちゃん』の顔を初めて見たのですが、すべて同じ顔で」

「同じ顔?どういうことだ?ますます意味がわからない」

「顔だけじゃないんです。姿形まで、どの『漂着ちゃん』も同じ。
今、詳細が要りますか?」

ヨブは苛立ちを隠せぬまま、大声で叫んだ。
「みんな!逃げろ!
後のことは僕が責任を取る。
ここから離れろ!」


 
 ヨブが収容所の様子を話し終える前に避難を呼びかけると、収容所の方から忙しい集団がこちらへ一心不乱に突撃している。
 
 漸く『漂着ちゃん』と思われる女性たちが見えた。顔は定かにわからなかったが、その姿形がおぼろげに見えたとき、私は確信した。ヨブが言った言葉の意味を。


 『漂着ちゃん』が徐々にこちらへ近づき、その姿がハッキリとわかったとき、私の確信は、驚愕の事実へと変わっていった。
 ヨブから聞いた所長の「代わりならたくさんいる」という言葉の意味はそういうことだったのだ。

 エヴァの群れが近づく足音がますます大きくなり、その全貌が目視できるまでになった。
 今、私の目の前には50人を超えるエヴァがズラリと並んでいる。
 100以上のエヴァの瞳が私を睨んでいた。

 はじめて出会う収容所の住民が、全く同じ顔であるとは、私は夢想だにしていなかった。しかもその同じ顔を持つ『漂着ちゃん』が、すべてエヴァの生き写しだったとは!!

 50人のエヴァが私の目前で止まる。勢いのついた静止に戦慄が走る。
恐怖は足を地面から離してくれない。

はじめまして。私を殺してくださいまして、ありがとうございます

 50人のエヴァが一斉に口を開いた。
収容所のスピーカーからは大音量の所長の声が聞こえ、長広舌が始まった。


 AIだけしかいないこの町に、第1号『漂着ちゃん』であるエヴァが流れついたとき、私は保険をかけておいたのだ。
 エヴァのような人物が流れ着くことは、そうそうあることではなかろう。だから、エヴァの細胞から、クローン人間を大量に作っておいたのだ。
 
 エヴァはこの時代にやってくる前の弥生の世では、呪術的才能に恵まれた才女だった。

 しかしエヴァが愛した男と恋に落ち、宿した子供を流産してから嘘のようにカッサンドラ的な能力を失ってしまった。

 もともと天の邪鬼的な性格を持つエヴァには、先を見通すことが出来ないような試練を私は与えようとした。嫉妬や愛憎の気持ちに突き動かされても、的確な未来のヴィジョンを描き出すことが出来るように。
 
 ナオミをこの世界に送り込んだのも、我が息子をこの世界に送り込んだのも、すべてはエヴァのためにしたことだった。

 だが私はどうやら最初から間違っていたようだ。

 どんなに平凡な純粋無垢なナオミのような女でさえ自由意思を持ち、常に成長していくものだということを忘れていたのだ。

 今の私にはナオミこそ最も美しく見える。
出来ることならナオミに新しい世界を構築してほしい。



 「なんという身勝手なんだ、所長は」と思いつつ、私は所長の言葉の中に私自身を見たような気がした。

 所長の話を聞き終わったあと、死んだエヴァと私、それから50人の『漂着ちゃん』がおり、
辺りは、不気味なほど静まりかえっている。

 死体とクローンたちへ私はどうすればいいのか。
いっそのことなかったことにしたい、ああ、今が消えて仕舞えばいい。

 エヴァのクローンの一人が大笑いした。

 それに呼応するかのように、50人を超える『漂着ちゃんエヴァ』たちの嘲笑が支配し、彼女たちは踵を返して、一挙に収容所へ向かっていった。何かのショーを見ているようで現実味がない。

 何が起こっているのか、状況を理解することが出来ない私は、エヴァの群れを見送るしかなかった。


 まもなくして、収容所は業火に包まれていった。空は夕焼けのように茜色へ染まり、私の周囲にいたナオミやその子どもたちが姿を消している。私はひとりになっていた。

 あぁ、この世界はすべて消去される……

 私は煙を吸ってしまったのか、頭が重く意識が徐々に遠のく。


 どれくらいの時が流れたのだろう。

 再び意識を取り戻したとき、私は雪山にいた。
もう私には何も残っていない。
 いつまでも、どこの時代に飛んでも成長しない自分にほとほと嫌気がさしていた。
 私のような男は、死を選ぶほかないのだ。
最期に思いきり渇いたのどを潤したら死のう。
「もう疲れたよ……」

 どこからか川のせせらぎが聞こえる。
水だ。

 音がする方へ歩くと川が広がり、思ったより水量が多い。
 ほとりまで近寄り両の手で水をすくい、
ゴクリと飲んだ。
 
 雪解けの水が体にしみる。
凍えているのに少し温かい気がした。私はむさぼるように水を飲んだ。

 喉の渇きがおさった、その時。
視野の片隅に人影らしき漂流物を見た。目を凝らす。

「そんなバカな!」

 もう一度目を凝らす。間違いない。
眼前の中洲には裸体の少女が横たわっていた。

 お前はナオミなのか?
また老婆の格好をしたエヴァが、いや、エヴァのクローンがやってくるのか?

 私は川へ入り、周囲を見渡し誰も居ないのが分かると、意識のない少女を水流へ投げ込み、滝壷への落下を確認した。

 森の外へ降りる決意をしながら。

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