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連載: 不幸ブログと現実のキミ①

②→
第一話
 

 一睡もできなかった私は朝の光が差し込むカフェの窓際に座り、二限目の授業までの時間が異常に長く感じた。

 外では人々が忙しそうに行き交い、クリスマスの装飾が施された街並みが華やかに彩られている。

 カフェの中は暖かく、コーヒーの香りが漂っている。しかし私はレポートが書けずにパソコンを開いたままスマホを手に取る。
そろそろ8時、真百合のブログが更新される時間だ。

 前日にアップされた記事を読み返すと、彼女のユーモア溢れる言葉が目に飛び込んで来る。インフルエンサーの真百合は、自身の豊富な経験を軽やかに語り、彼女の人生が一つのエンターテインメントのように感じられる。

「相変わらず奇天烈な経験をしてるなぁ」と思いながら、真百合が地球上の災いをすべて調理しているかのように感じた。平凡な私には、こんなにたくさんの災いは起こらない。カフェの静かな空間の中で、私の心だけがざわめいていた。

「あれ?」
真百合のブログに載っている画像に目が留まる。「このバッグ、真百合のだっけな」
 その瞬間LINEが届き、今日の真百合のブログは閉じた。

 街はクリスマスのイルミネーションで輝き、私は彼と一緒にここを歩くのを楽しみにしていた。



 年明け早々、私は寝込むほどのダメージを受けた。部屋の薄暗く冷えた中、原因は真百合のブログにあった。

 彼女の投稿には加工された画像があり、そこには私の姿が映っていた。そして真百合の体験談は、私が実際に体験した出来事だった。

 クリスマス・イブ、彼がサプライズで予約した温泉旅館で過ごした夜。小雪が舞う中、露天風呂に浸かり、温かい湯気が辺りを囲む。

 和室で浴衣を着てはしゃぎ、羽目を外した結果、昭和の雰囲気に興奮した彼とアクロバティックな行為をしてしまった。
 
 私の下半身から出血が止まらない。
「お腹が張って痛い」
生理が遅れていると思い込んでいた私は妊娠していた。そして温泉旅館で流産した。

 病院に彼の車で搬送され、簡素な白い病室の中で1日入院した後、帰宅した。

 大学は年末の28日まで授業があり、仲の良い真百合や他の友達に出来事を話して慰めてもらった。赤ちゃんを失った悲しみは、彼も私もどうしようもないものだった。

 結果論とは言え、彼は私と子どもを育てていきたかったと泣いていた。これらを全て友達に話したのに、真百合だけは熱心に耳を傾けてくれ
「赤ちゃんのことは残念だけど、ちゃんと供養した方がいいよ。冬休みは身体を休めてね」と言った。

 ところが大晦日の真百合のブログで「お知らせ」と題し、私の出来事が真百合の経験として公開された。

 私が以前にSNSに上げた画像にはボカシがあったが、私と彼の姿が映っていた。
 ブログの結びには「赤ちゃんの分も頑張っていきたい」と書かれている。

 人に話した私がバカだったが、真百合が自分の体験としてブログにする神経が理解できない。

 LINEが鳴り響く。あけおめの挨拶かもしれないが、私は涙と吐き気が止まらなかった。

 真百合は私を名指ししていないが、
どうして?どうして私のことをブログにするの?



 新春3日、大学の友達・栗子がうちへ訪ねてきた。普段着で特別な挨拶もなく、温かい表情はいつも通りだった。

 りっちゃんはゼリーやプリンなど、喉越しの良い食べ物を持ってきてくれ
「由奈がご飯を食べてないんじゃないかと思って。実家に帰らないと聞いていたから、寄ってみたの」

 りっちゃんはソファに座ったまま、私の顔を見て
「5日から授業って早いよね」と言う。
こういうところが国立大学なのかな、私立は休みが多い学部もあるらしいねと世間話をした後
「由奈は真百合のブログを読んでるよね?」
切り出した。
りっちゃんの表情が真剣になった。

「去年の夏、真百合のブログに婦女暴行のエピソードがあったのを覚えてる?あれ、実は私のことなんだ」

 りっちゃんは私に身体を向け、目線を左下に泳がせながら言った。
「あのブログに書いてあった通り。
部室で複数の男に襲われたの。匂いで先輩がこの中にいると気づいたから、警察に相談できなかった」りっちゃんは私を見つめながら言った。

「真百合のブログは他人の痛みでできているの。
10月に痴漢に遭った話も別の子の出来事よ。
ここまで言えば由奈も理解できたでしょ?」

不幸を煮詰めたような体験は、真百合本人の話ではないと知り、私は衝撃を受けた。