小説:言葉なき祈り 命を抱いて⑦
実家に寄ったのは家を出て10年が経って、
実家には父さんと知らない女の人、知らない子どもたちが住んでいた。
戸籍謄本が必要になり、役所に行く前、実家に立ち寄ったのが血縁を吹っ切る機会になるとは。
父さんがこっちに帰っていた。
何も聞かされておらず、様子の変わった家に玄関チャイムを鳴らして入る。
見慣れた外観とすっかり変わった内装。
歳を食った父さんと不自然に愛想の良い妙齢の女性。幼稚園ぐらいの子どもが二人。知らない間に父さんは再婚していた。
知らない子どもたちから、知らないオジサンと呼ばれて僕が家に通されると、リビングだった場所も台所も位置が変わり、ナチュラルテーストな装い。
「大事なことなんだから、どうして言わないの」
父さんに強くいうと
「お前のことを忘れていた」
知らない女の人の手前、母さんの行方を訊くのも憚れ、どのみち母さんも人生をリセットし、母の心へ存在してないだろうと諦めた。
僕の荷物は庭にあるプレハブ小屋へ置かれ、歓迎されてないのは一目瞭然だ。
単身赴任が多かった父さんから
「湊は大きくなったな」「今は何している」とも聞かれないし、用事もないのに人様の家へお邪魔したような感覚は血縁でも他人だと、まざまざと教え込まれているようだ。
「夕飯、食べて帰るか?」
父さんの言葉は限りなく社交辞令がある口調で、
僕がイジメられても、母さんが帰って来なくなったときも、運動会や学芸発表会も小学校の卒業式すらなんにも心配してくれなかったのに、
そんなセリフを言われて誰が飯を食って帰るんだ。
「突然お邪魔したのに、遠慮しておくよ。
じゃ、帰るわ」
これが最後の父さんとのやり取りだ。
二度と帰らない家を背にして、不思議と感傷的な気持ちは湧いて来なかった。
情というものが、親や家にない。
僕の中では家族とは、姐さんであり、亡くなった杏奈であり、杏奈のおじいちゃんおばあちゃんがそれに当たる。
杏奈が家族。少なくとも妹として見てない。
恋人ような、永久の存在。
地球にある全ての温かいものを注いでくれた人。
「でも、これでいいんだ」
これからやることへ本物の家族があってはいけない。
引き返せない場所にいると、これでいいんだと荷物を下ろした安堵があり、使命感が僕を奮い立たせた。